東西文明の十字路と呼ばれるトルコをほぼ20年ぶりに旅した。前回訪れたのは世界的な観光地のイスタンブールだったが、今回は首都アンカラ。日本人にとって、イスタンブールや奇岩で有名なカッパドキアほど観光地としてなじみがある都市ではないが、トルコのルーツ、そして今を知るのに絶好の街だ。(時事通信記者 増田篤)
アンカラはヒッタイト文明発祥の地、アナトリア地方のほぼ中央に位置する。「アナトリアという言葉には『日が昇る』という意味もあります」というガイドの説明に、今回のプレスツアーで唯一の日本人参加者だった筆者の心はくすぐられた。アンカラ観光のハイライトの一つ、アナトリア文明博物館でのことだ。
同博物館は、トルコ共和国初代大統領ケマル・アタチュルクの「ヒッタイト博物館を作ろう」との号令の下、1938年に隊商宿とバザールだった建物の修復・改造が始まり、48年に一部が開館、96年に現在の形となった。
館内は紀元前1700年ごろに現在のトルコ共和国のほぼ全域を支配したヒッタイト帝国の遺跡の出土物が中心だ。ヒッタイト文明は世界で初めて鉄器を本格使用したとされるが、展示品自体は素朴な石像やレリーフ、土器などが中心で、かなり地味な印象。むしろ、ヒッタイト時代より前の青銅器時代の「スタンダード」と呼ばれる造形物が目を引く。
特にアンカラの東方約150キロに位置する遺跡、アラジャ・ホユックで出土した3頭の鹿を模したスタンダードは個性的で、巨大な複製のモニュメントがアンカラ市の中心部に据えられている。人類最古の集落ともされるチャタル・ホユック遺跡から発掘された小さな母神像も有名だ。
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