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米中経済対立に勝者はいない 日本はいかに対応すべきか?

一橋大学名誉教授・野口悠紀雄

 米中経済対立は、世界経済が中国に依存しているという意味で、第2次世界大戦後の米ソ冷戦とは違う。中国を封じ込めることはできない。米国は当初、対中貿易赤字を問題にしていたが、この考えは間違いだ。バイデン政権になって国家体制が問題とされ、日本も傍観するだけでは済まされないようになった。日本は、この問題で、米中どちらかの陣営に属するという選択はできない。「立場が似ている韓国、オーストラリアと日本の3カ国が、共同して米中に当たる」という方向を考えるべきだ。

米ソ冷戦との比較

 新型コロナウイルス禍からいち早く回復したのは中国であり、米国だ。コロナ後の世界の覇権争いは、この両国を中心として繰り広げられるだろう。米中間の経済摩擦はすでにコロナ前から生じていたが、さらに強まっていくとみられる。

 では、なぜ米中は対立するのか? そして、今後どのように展開するのか?

 勝者はどちらか? この問題を考えるために、第2次世界大戦後、米国との間で生じた二つの対立、米ソ冷戦と日米経済摩擦と比較し、米中対立を位置付けてみることにしよう。

 米ソ冷戦は共産党一党独裁の国と民主主義の国との対決だった。現在の米中対立も同じ側面を持っている。軍事的な面で潜在的な対立関係にあることも同じだ。

 米ソ冷戦が米中対立と異なるのは、当時のソ連の経済力がほとんど取るに足らないほど弱かったことだ。このため、米国が対共産圏貿易に強い制裁を加えても、それによって民主主義国の経済が悪影響を被ることはなかった。だから、問題を政治的、あるいは軍事的なものに限定化することが可能だった。

 現在の状況はまったく違う。中国は、世界的水平分業のサプライチェーン(供給網)の中で極めて重要な役割を果たしており、中国抜きで世界経済は成り立たない。特に製造業において、この傾向が著しい。

 このため、かつての対ソ冷戦と同じように対中貿易を規制して中国を封じ込めることは不可能だ。しかも、中国への依存はコロナ禍を通じて強まった。今後もますます強まると予想される。

 米中対立では、経済問題が大きな比重を占めており、それに政治的あるいは軍事的な問題が複雑に絡んでいる。この点において、米中対立は米ソ対立よりはるかに複雑な問題なのだ。

日米貿易摩擦を振り返る

 1970年代から80年代にかけて、米国と日本の間で貿易摩擦が生じた。その背景には、日本の製造業が目覚ましく成長し、日本からの輸出品が怒濤(どとう)のごとく流れ込んだことがある。最初は繊維製品や鉄鋼だったが、80年代には自動車や電機製品が増えた。また、大型コンピューターの分野でも日本が躍進した。

 米国の製造業、特に自動車産業がこれに圧迫されて業績が悪化し、失業者が増えた。このため、米国は日本からの輸入に対してさまざまな規制を加えて、その増加を抑えようとしたのだ。

 既存の大国は新しく勃興する国に経済的な覇権を握られるかもしれないという恐怖から、貿易制限措置を取る。この点で、現在の米中対立と日米貿易摩擦は似た側面を持っている。ところが、日本の経済力はその後、弱体化した。このため、日米経済摩擦は一過性のものに終わった。

米国が考える中国の問題点

 米中対立が明確な形で現れたのは、2018年のことである。トランプ前大統領が中国に対する制裁的関税を開始した。

 その措置を正当化する論理は、「中国からの輸入が増加するので、対中貿易収支が赤字になる。そして、米国の労働者が職を失う」というものだった。

 トランプ氏の考えによれば、中国の経済発展は、もともと米国が開発した技術に中国がただ乗りすることによって実現された。そして、安い工業製品を輸出することによって米国の製造業を破壊し、労働者の職を奪った。この状態を是正する必要があるというのだ。

 しかし、この論理は誤っている。経済的に見れば、中国が安い労働力を使って安価な製品を作り、それを米国に輸出することによって、米国の消費者は豊かになった。そして、米国は高度なサービス産業に特化し、高い生産性を実現したのだ。

 これは明白なことで、制裁関税はトランプ氏の無理解に基づく思い付きの政策にすぎないと考えられた。

 しかし、対中強硬策は、単にトランプ氏の気まぐれではなく、米国の総意に基づくものであることが次第に明らかになった。

 それがはっきりした形で示されたのが、18年10月4日にワシントンのハドソン研究所で行なわれたペンス副大統領(当時)による演説である。同氏は、中国を「米国に挑戦する国」だとし、中国脅威論を鮮明に示した。この演説は「新冷戦への号砲」と呼ばれた。

 実際の政策も、制裁関税の引き上げがエスカレートしていった。さらに、中国通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)など中国ハイテク企業に対する規制措置も強化された。

 21年1月に発足したバイデン政権は、トランプ政権の対中強硬姿勢を引き継いでいる。ただし、幾つかの変化もある。一つは手法の変化だ。トランプ政権は米国の単独行動が中心で、国際的な協力体制を否定する場合が多かった。また、先進7カ国(G7)という枠組みを軽視する姿勢も目立った。

 それに対して、バイデン政権は「民主主義国家の共同体制で中国に当たる」という姿勢を明確にしている。こうなると、日本は傍観者として事態を見守るだけでは済まされない。態度を明確にする必要に迫られるだろう。これは、現在の日本にとって最大の問題だ。

 米中対立には、冷戦と同じように軍事的対立の面もある。軍事的対立の前兆は、かなり前から台湾海峡を中心に起こっていた。最近では、中国が東シナ海、南シナ海に軍事的影響力を広げようとしている。

 香港では、中国が実質支配力を強める動きが顕著だ。また、「一帯一路」政策によって、ユーラシア大陸での勢力圏を広げようとし、さらにアフリカ大陸にも影響力を及ぼしている。また、新疆ウイグル自治区の問題もある。

 米国は、これらすべてを問題視している。それに対して中国は、香港問題、台湾問題、新疆ウイグル問題は国内問題で、内政干渉すべきではないと主張する。両者の間の溝は深く、今後さらに深まることはあっても、容易に妥協点が見いだされるとは思えない。

 80年代の日米貿易摩擦の時、米国は、日本の特異な経済体制が経済発展に有利に働いているとした。具体的には、「日本株式会社」という官民一体体制を問題視した。

 日本では、巨大で垂直統合した企業による生産がなされる。企業は銀行と株式を相互保有し、密接な提携関係にある。また、終身雇用的雇用慣行が転職率を低くしている。このため、長期的なマーケットシェアの極大化を目指した長期戦略を取り、生産性が高くなる、というのだ。

 米中対立においても、社会構造の差が問題とされる。それは特に人工知能(AI)の分野で顕著だ。AIの能力向上のためには機械学習が必要であり、そのためにはビッグデータを集める必要があるが、米国のような民主主義社会では限度がある。

 ところが、中国はその特殊な国家体制のために、ビックデータを集めることに対する制約が少ない。少なくとも、国が集めることに制約がない。

 このような国家・社会体制の違いが将来のAIの発展に影響する。そして、それが、経済発展や軍事力に影響するという懸念だ。このような懸念は、米国で極めて強い。

 それに対して、コロナを早期に克服した中国は、自国の国家体制に対する自信を強めている。このような基本的認識の違いは、容易に埋まることはない。

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