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宿題の多さで世界的に有名な中国の小中高校で今起きていること【洞察☆中国】

2023年07月01日12時00分

日中福祉プランニング代表・王 青

 今年に入り、中国各地で中高生の自殺が相次いでいる。衝撃的だったのは、天津で3月19~23日のわずか5日間に、7人の生徒がビルから飛び降りて亡くなったことだ。いずれも10代だった。

 1人は12歳の誕生日を迎えたばかりで、彼が残した遺書には「毎朝、目を開けると、見えるのが太陽ではなく、宿題だ」と書かれていた。この遺書の内容と、わずかな期間に7人も自ら命を絶ったことが世間に大きな衝撃を与えた。

 本来なら、彼らの人生はこれからバラ色のはずだ。なぜ、このような形で死を選んだのか。

 ◆教育と社会に問題

 中国のメディアによると、7人はいずれも親の離婚問題や学業の不振、教師にきつく叱責されたことなどが原因で思い詰めていたという。しかし、中国の教育専門家は「われわれの教育と社会に問題があることが根本だ」と指摘している。

 中国の小・中・高校の宿題の量が多いことは、世界的にも有名だ。「わが校の生徒、わが子はスタートラインで負けてはいけない」。学校側も保護者もそう思っている。

 一方、「2019年中国児童・青少年睡眠指数白書」では、6~17歳の7万人の生徒・学生に調査を行った結果、6割は睡眠時間が8時間未満。

 このうち、4割は神経衰弱やうつ症状があるとのデータもある。学校の勉強以外に、夜間や休日も、楽器、水泳、絵画などの習い事で予定が埋まっている。

 ◆とてつもない圧力

 急速な経済発展が続いてきた中で、人々の成功は、一生懸命に勉強して、良い大学に入って、良い会社に就職して出世し、高い収入を手に入れることだった。これは中国の「科挙制度」の伝統思想があることも影響している。

 特に農村の子供にとっては、勉強が運命を変える唯一の手段であると言っても過言ではない。このような過度な期待の中で、子供たちは来る日も来る日も、宿題と戦っていかなければならない。

 少し成績が悪かったら、親と学校の先生に叱られる。とてつもない圧力を背負っている。「成績が良ければ全て良し」という環境が冒頭の悲劇を生んだ背景でもある。

 中国は近年、その激励の名言「勉強は運命を変える」が崩れつつある。コロナ禍の3年間、中国の経済、社会が大きく変わった。

 ◆「卒業=失業」

 中国国家統計局が5月16日に発表した4月の若年層(16~24歳)の失業率は20.4%だった。前月(19.6%)から上昇し、昨年夏の19.9%をも上回った。

 たとえ名門大学を出ても、良い就職は保障されない。新卒大学生は「卒業=失業」のリスクが常態化。デリバリーやタクシー運転手などのアルバイトの多くは、実は高学歴だと報じられている。

 そうした中で、親たちは「子供の人生に一番大切なこととは何か、命より大事なことはない」と考え始めたのだ。

 先日、一通の手紙がSNSで公開され、話題となった。それはある中学生の親が学校の校長や担任に宛てた手紙だ。

 ◆先生方にお願い

 「わが子は最近、勉強に対しての倦怠(けんたい)感やうつ状態が深刻になっていて、とても心配だ。そのため、私たち家族は子供の将来を大きく期待せず、子供の凡庸さを受け入れ、普通の子として育てていくことを決心する。なので、この子に余分な宿題を出さないこと、勉強のプレッシャーを与えないことを切に先生方にお願いしたい。子供に将来、成功者になってもらいたいというよりも、今、心身ともに健康な子でいてほしいからだ。この子の心の声に耳を傾けたいと思う。たとえ成績が悪くても、決して先生たちのせいにしないので、ご安心ください」

 SNSでは「その通りだ、賢明な親だ」「決して悲観的ではなく、現実を見つめて向き合っている」などと、共感の声が続出した。

 経済の発展が落ち着いてきている今、何もかも競争で勝ち取れる社会ではなくなった。社会全体が一度立ち止まって、子供の将来がどうあるべきか、本当の幸せとは何かを考えるきっかけになるとしても、子供たちの命は余りにも大きな代償である。 

 (時事通信社「金融財政ビジネス」より)

 【筆者紹介】

 王 青(おう・せい) 日中福祉プランニング代表。中国・上海市出身。大阪市立大学経済学部卒業。アジア太平洋トレードセンター(ATC)入社。大阪市、朝日新聞社、ATCの3者で設立した福祉関係の常設展示場「高齢者総合生活提案館 ATCエイジレスセンター」に所属し、 広く福祉に関わる。

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 (2023年7月1日掲載)

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