2023年01月28日11時00分
繰り返される企業不祥事。2022年も例に漏れず、多かった。中でも、私が強い関心を寄せたのが五輪汚職だ。
まだ、関係者が罪を認めているわけではないので軽々なことは言えないが、巨額な費用を使う国家的イベントの背後で、自分だけはうまい汁を吸いたいという欲望がうごめいていたことに、多くの国民は驚くというより「やっぱりね」という感想を抱いたのではないだろうか。
◆古くて新しい犯罪
最も費用を削減するイベントにすると大見えを切っていたのに、そうした覚悟も仕組みも全くなかったことに裏切られた思いだ。税金の無駄遣いであり、特捜部には徹底した捜査を期待したい。
五輪では、他にテストマッチにおける談合疑惑もあり、公正取引委員会が捜査している。
談合なんていうことが、コンプライアンス意識が高まり、企業取引における透明性確保が徹底される世の中で、いまだに行われていることに驚いた。談合を「昭和の犯罪」と表現している記事を読んだが、まさに古くて新しい犯罪なのだろう。
談合といえば、電力会社の談合事件も発覚し、談合に参加した電力会社に巨額の課徴金が科せられた。
思い起こせば、私がかつて勤務していた銀行業界も談合の巣窟だった。
今ではあり得ないことだが、預金金利、各種手数料、新商品開発、果ては行員の給料までありとあらゆることを談合、すなわち仲間内で決めていた。
かつて銀行は「護送船団方式」といわれ、大蔵省銀行局の下部組織のようなものだった。公定歩合はもちろん、ありとあらゆることを銀行局にお伺いを立て、その指示に従っていた。
◆完璧な癒着構造
銀行局も、何か施策を実施する場合、会長行という銀行業界を代表する特定銀行の幹部を、呼び付け、指示を出す。するとたちまち都銀は言うに及ばず、地銀、第二地銀、信金、信組、農中など、ありとあらゆる金融機関に、その指示が徹底されるのだ。
指示する方の大蔵官僚も、さぞや楽しく気持ちよかったに違いない。頭取だろうが、誰であろうが、すべて大蔵省の若い課長補佐の指示にひれ伏すのだから。
また、その指示を直接受けるのは、銀行の若手エリート行員である。指示を頭取に伝えるだけの伝書バトなのだが、それに頭取が従うのを間近で見ると、自分が偉くなったような気になるのだ。
銀行と大蔵省の完璧な癒着構造が、かつてはあったのだ。
談合は、こんな癒着的空気の中で行われる。実行部隊は、数行の大手銀行の、たった数人の若手エリート行員である。彼らには、選ばれし者としての誇りはあった。自分たちが銀行を動かしているという、慢心とも言える自負心もあった。
無かったのは消費者の利益という視点である。
業界の利益、すなわち自分の銀行の利益に対する配慮はあったが、消費者の利益に対する配慮は一切なかった。
◆先行実施は許さない
例えば、振込手数料を考えてみよう。各銀行でコスト構造が違うはずなのだが、どこの銀行も同じだった。当然である。談合して手数料価格を決めていたからである。どこかが安くしたいと言っても、反対があれば実施できなかった。
消費者は、高いと感じ、また、どうして同じ価格なのかと疑問を抱いていただろう。
銀行の説明は、いつも曖昧で、コストも各行で同じようなものうんぬんというような内容だった。
消費者は、納得しなくても振り込みをするのに銀行を使用せざるを得ないため、その価格に従わざるを得ない。まさに優越的地位が生んだ談合である。
どこかが消費者のために新しいことを始めようとする。例えば、ATMの営業時間を24時間営業にしようと提案する。
その銀行は、苦労してそのシステムをつくり上げた。普通なら、率先して実行し、先行者利益を確保できるチャンスである。消費者にとっても大いに利便性が向上するだろう。
ところが、談合が始まる。数人の若手エリートたちが集まって、ATM24時間営業を阻止するのである。なぜか? それは他の銀行が、そのシステムを準備できていないからである。
他の銀行の準備が整うまで先行実施は許さないのだ。もし、当該銀行が談合破りをしようと意図するものなら、大変な事態になる。大蔵省がひそかに仲介に入る事態にまで発展することがあるからだ。
そんな事態にならないように若手エリート行員たちは、時には怒号も交えながら協議を行い、ようやく当該銀行には1カ月だけの先行実施を許す、実行時期は他の銀行のシステム開発が完成後ーーなどという決着を見るのである。
◆消費者から見放され
消費者、利用者の利益を全く考えない、健全な競争を阻害する業界が発展するはずがない。そのことにかつては気付かなかった。
その結果、現在の銀行、特に大手銀行は消費者、利用者から見放されている状況になってしまった。デジタル化にも後れを取り、フィンテック企業に銀行業務を侵食され続けている状況だ。
競争は企業にとってつらいこともある。しかし企業は、消費者の利益のためにあり、消費者に利益を提供した結果が、自分たちの利益なのであるとの原則に立ち返れば、談合がいかに企業にとって無益以上に有害であるかが分かるだろう。
日本経済の低迷がいわれて長い。GDPでは世界3位ではあるが、豊かさを示す1人当たりのGDPでは21年度でOECD加盟国中20位に沈んでいる。GDPだけが国民の幸福度を測る指標ではないが、経済の発展が国民の幸福につながることは事実である。
23年度は、談合などという健全な競争を阻害する犯罪に手を染めることなく、競争的イノベーションを活気づけ、経済に勢いをつけねばならないだろう。
このように22年も多くの企業不祥事が起きた。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とビスマルクは言ったが、私たちは愚者である。失敗の、不祥事の経験に学び、それらを乗り越え、より良い社会を築かねばならない。
(時事通信社「金融財政ビジネス」2023年1月19日号の記事から抜粋しました)
【筆者紹介】
江上 剛(えがみ・ごう) 早大政経学部卒、1977年旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。総会屋事件の際、広報部次長として混乱収拾に尽力。その後「非情銀行」で作家デビュー。近作に「創世(はじまり)の日」(朝日新聞出版)など。兵庫県出身。
(2023年1月28日掲載)
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