2023年01月28日11時00分
首相・岸田文雄は良くも悪くも「大化け」しているのかもしれない。
永田町では「岸田は具体的に何がしたいのか分からない」と言われ続けてきた。
しかし昨年12月、敵基地攻撃能力(反撃能力)保有を明記した国家安全保障戦略など安保3文書を閣議決定。さらに、原発の60年超運転や建て替え方針も打ち出し、従来の安保・原発政策を大転換した。
その評価は分かれているが、元首相・安倍晋三でさえできなかったことを、岸田は今、実現させようとしている。
だが、この大転換について、国民への説明は不十分で、国会での論議はこれからだ。「異次元の少子化対策」も含め、岸田の世論を納得させる説明力とともに政治力・実行力が問われよう。
岸田自身は表向き何も変わっていないように見える。相変わらず官僚がつくったペーパーを読み、記者会見もプロンプター(原稿映写機)頼みが目立つ。
◆「岸田さんはいい人」
もっとも、霞が関官僚の岸田に対する評判は上々なようだ。何でも話を聞いてくれるからだという。
前首相・菅義偉は、自分に逆らう官僚を人事で飛ばすなどして霞が関を震え上がらせたが、岸田は全く逆。一方で「官僚主導政治の復活」と指摘する声もある。
「岸田さんはいい人。優しいし、親切で丁寧。ぱっぱっと決断するような人ではなく、優柔不断。リスクは取らない慎重派だ」
岸田をよく知る自民党の閣僚経験者はこう語る。自民党内で「ポスト安倍」を争っていた時、基本的に岸田は安倍からの禅譲狙い。元幹事長・石破茂のように、安倍に盾突いて恨みを買うようなことはしなかった。
岸田は首相就任後、人事で安倍の要求を全て受け入れることはなかったが、安倍が銃撃され死亡した後、政界は一変した。
岸田の意識も変わったようだ。岸田は、安倍に近い自民党保守派の支持をつなぎ留めようと、必死になった。安倍の国葬実施をいち早く決めたのは、保守派への配慮もあろう。
岸田は伝統的に「ハト派リベラル」である宏池会(岸田派)の会長だが、その岸田が「専守防衛」を基本方針としてきたわが国の安保政策を大転換。
米国製巡航ミサイル「トマホーク」の取得費などを含め、5年後の防衛費は対GDP(国内総生産)比2%に倍増させる方向にかじを切った。
◆人の言いなり?
中国、ロシア、北朝鮮の脅威にさらされる日本の国民は、ウクライナ戦争の影響もあって、防衛力強化に割と高い支持を示しているが、防衛費増額のための増税の賛否を問われると反対が多い。
増税が避けられないなら、その前に衆院解散・総選挙で国民に信を問うのは当然だが、先行きは不透明だ。
一方、忘れてならないのは原発政策の大転換だ。原発の運転期間60年超や建て替え方針は、「可能な限り原発依存度を低減する」という従来の政府のエネルギー計画の方向性に逆行する。
「原発ゼロ」を持論とする元首相・小泉純一郎は昨年12月、筆者に対し「原発の運転期間を延ばすのはおかしい。また原発に回帰するなんてどうかしている。岸田首相は原発を推進する経済産業省に影響され、言いなりになっているのではないか」と厳しく批判した。
この「言いなり」という言葉はある意味、岸田の本質を突いているかもしれない。
安全保障に話を戻すと、「日米の一体化」が進む中、日本はどこまで主体性を保つことができるだろうか。日米同盟強化は重要だが、日本が米国の言いなりになることではない。(敬称略)
(時事通信社「コメントライナー」より)
【筆者紹介】
村田 純一(むらた・じゅんいち) 1986年早大法卒、時事通信社入社。福岡支社、政治部、ワシントン特派員、政治部次長兼編集委員、総合メディア局総務、福岡支社長を経て、2020年7月より現職。政治部では首相官邸、自民党、民社党、公明党、防衛庁、外務省などを担当し、政治部デスク歴は約7年。時事通信「コメントライナー」の編集責任者で政治コラム等も執筆。
(2023年1月28日掲載)
新着
会員限定