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強大な隣国ロシアの暴走に北朝鮮は何を思ったか【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】

2022年03月19日

国際秩序を揺るがすウクライナ侵攻

 ロシアによるウクライナ侵攻は、核兵器を持つ大国がその気になれば他国に攻め入ることを誰も止めることはできない、という現実を見せつけた。冷戦後の国際秩序を大きく揺るがす今回の事態は、北東アジアに住むわれわれにとっても決して対岸の火事ではなく、北朝鮮情勢に与える影響も甚大である。

◇ロシアの立場を全面支持

 ロシアのウクライナ侵攻に対して北朝鮮が初めて反応を示したのは、侵攻開始2日後の2月26日のことであった。北朝鮮外務省のホームページに「米国は国際平和と安定の根幹を壊してはならない」と題する個人名義の論評を掲載し、ウクライナの事態は「ロシアの合法的な安全上の要求を無視して、世界覇権と軍事的優位だけを追求して一方的な制裁圧迫にだけ奔走してきた米国の強権と専横にその根源がある」として、ロシアの立場に全面的な賛意を表明した。

 この時は学者による個人名義の論評という形にとどめていたが、さらに2日後には外務省が同様のラインで公式にロシア擁護と対米非難を展開しはじめた。ロシアの主張は「合理的で正当な要求」であることを再確認したうえで、「イラク、アフガニスタン、リビアを廃墟にしてしまった米国と西欧が、今になって自ら触発した今回のウクライナ事態をめぐり『主権尊重』と『領土保全』を云々(うんぬん)することは全く理屈に合わない」と強調。「主権国家の平和と安全を脅かす」のはロシアではなく、米国の方だと断じた。

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 北朝鮮とウクライナは、ソ連崩壊直後から国交を維持してきた。しかし、2014年のロシアによるクリミア半島併合に対して北朝鮮が容認する態度をとったため関係が悪化。2016年にはウクライナ側が北朝鮮との査証(ビザ)免除協定を破棄した。当時のウクライナは北朝鮮にとって重要な小麦の調達先であり5番目の貿易相手国であったが、北朝鮮は国境を接する軍事大国であるロシアとの関係を優先する判断を下したのである。 ただ、ウクライナ侵攻について『労働新聞』は一切報じていない。金正恩政権が今回の事態を自国民にどう説明するのか、まだ模索中だということだ。

 ロシアのウクライナ侵攻を食い止めることができなかった国連は、その非力さを改めて露呈した。3月2日、国連総会の緊急特別会合で採決されたロシア非難決議には193カ国のうち141もの国々が賛成したが、北朝鮮はベラルーシ、シリア、エリトリアとともに反対票を投じた。ロシアと友好関係にある中国やキューバですら棄権したにもかかわらず、である。

 これまで北朝鮮は、米国によるアフガニスタン・タリバン政権、イラク・フセイン政権への武力攻撃、NATO(北大西洋条約機構)によるユーゴ空爆やリビアのカダフィ政権への介入などに対して「アメリカ帝国主義」への強い非難と警戒心を露(あら)わにしてきた。一方、経済制裁解除に向けて中国とともに協力してくれているロシアに「帝国主義」のレッテルを貼るわけにはいかない。

 北朝鮮は、安保理決議で禁止されていることには気にも留めず弾道ミサイル発射実験を何度も繰り返してきた。今回、国連は、単なるミサイル発射実験ではなく他国への主権と領土を踏みにじる明白な侵略すら止める術がなかったのである。今後北朝鮮が何らかの思い切った行為を決断するとして、拒否権を持つ安保理常任理事国の中ロいずれかを味方につけてさえおけば問題はない、と考えないとは限らない。

 「中ロいずれか」というところがポイントである。中国とロシア・旧ソ連は歴史的に必ずしも一枚岩ではなかった。冷戦期における中ソ論争のように中ロが対立する局面が生じても、北朝鮮は状況に応じて中国かロシアのどちらかを味方に引き付ければ問題ないということだ。

 北朝鮮は今回、棄権に回った中国とは異なり、明確にロシアに擦り寄る道を選んだ。それは中朝関係が長期にわたって盤石なものとは断言できない状況にあることをも意味している。2018年3月に金正恩氏が最高指導者として初訪中して以来、中朝関係は非常に良好ではあるものの、この訪中の前年までは『労働新聞』が中国を「大国主義」だと名指しで非難していたことを想起すべきである。

 北朝鮮は中国の「大国主義」的な態度に対し、しばしば強い反発と苛立ちを表明してきた。なぜ核保有国の中国が北朝鮮の核開発に反対して米国主導の経済制裁に同調するのか、と。両国は同盟関係にあるとはいえ完全に互いを信頼しきっている仲ではない。もちろん、金正恩政権は香港やウイグルの問題では習近平指導部の立場に寄り添っており、後ろ盾としての「中国カード」に見切りをつけたわけではない。将来、中朝関係が再び悪化する可能性も念頭に置きつつ、今はロシアとの関係も強化し、「保険」をかけていると見るべきであろう。

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