2022年12月29日13時00分
今、私たちはインフレにおびえている。特に日本は、給料が増えないから、他国より深刻かもしれない。
給料を増やせと政府は、大きな声で経済界に叫んでいるが、給料が上がるということは人件費、コストが上がるということだから、もっとインフレになるに違いない。物価の上昇率よりも給料の上昇率が高ければ、問題は少ないが、逆になれば、悲惨度は増すに違いない。
人々の不満はどこに行くのだろうか。英国ではインフレが原因で、あっという間に首相が辞任に追い込まれた。米国のバイデン大統領も足元がふらついている。
韓国だってそうだ。尹政権も梨泰院で多くの人が亡くなったという悲劇的な事故に加えて、インフレで政権が揺らいでいる。
日本の岸田文雄首相も閣僚の失言や世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題で足元がぐらぐらしているが、根本的にはインフレと実質賃金の低下が政権不安定の原因だ。
◆「少子高齢化がインフレ要因」
このインフレ傾向は、ロシアによるウクライナ侵攻やコロナ禍などによる一時的なものかと考えていたが、「人口大逆転ー高齢化、インフレの再来、不平等の縮小」(チャールズ・グッドハート&マノジ・プラダン著、澁谷浩訳、日本経済新聞出版刊)を読んで、「長期的なトレンドなのだ」と思った。
本書は、人口大逆転(少子高齢化)がインフレ抑制をインフレ圧力に変えると言う。今日まで世界には台頭する中国と、ベルリンの壁が崩壊した東欧諸国から大量の労働力が提供された。
また先進国においても、女性の社会進出などによって「歴史上かつて見たことのない巨大な労働供給ショック」によって、世界経済は理想的な人口構成になり、飛躍的に発展した。しかし、このような幸運な時代は終わり、少子高齢化によって厳しい時代に突入すると説明する。
では、なぜ少子高齢化がインフレ要因なのか。本書は次のような理由を挙げる。
少子化は労働力の不足をもたらし、経済成長を鈍化させる。
高齢者介護は経済コストを増大させる。
高齢化は人口移動を低下させ、また介護は国内労働力に頼らざるを得なくなり、今までのようなグローバル化の進展は期待できない。
少子高齢化は依存人口(0歳から14歳、65歳以上)が労働人口(15歳から64歳)を上回ることで必然的にインフレを引き起こす。何も生産せず消費するだけの人が増える。
労働人口の減少は、労働者の交渉力を強めることとなり、労働コストを引き上げる。
高齢化による社会保障費が増大し、労働者は実質賃金の向上を要求するため、さらに労働コストが上がる。
高齢化により高齢者は既存住宅に住み続け、若い世帯は新しい住宅を購入するため住宅需要は安定的に推移する。また企業は労働力不足を補う投資を活発化させることなどから貯蓄以上に投資が増大し、実質金利が上昇する。
◆「日本だけ例外」
このように本書は、少子高齢化がインフレを引き起こす要因となるとの理論を展開しているのだが、日本だけが例外であると言う。
本書では「なぜ日本はインフレになっていないのか」という問題を考えるために1章を費やしている。これが非常に興味深く、日本のこれからを考える参考になると思われる。
日本は少子高齢化の最先端であり、高齢化する世界経済の実験の場であるにもかかわらずデフレが続いているのは、1990年代初めに資産バブルの大規模な崩壊が発生し、企業部門がまひを起こし、投資の下落が貸付資金需要を減少させ、金利が低下し、成長の下落がさらなる実質金利の低下を招き、継続的なデフレに陥ったからであると説明されてきた。
この説明は、私たちが繰り返し聞かされてきた、失われた30年の説明である。
このデフレから脱却するために日銀は超低金利政策を、今も継続しているのだ。
だが、本書はこの説明を間違いであると言う。
なぜか? なぜ日本だけが他国と違いインフレにならないのか。
今、日本はインフレ、インフレと騒いでいるが、他国と比べれば、穏やかであると言えないこともない。
その理由を本書は次のように説明する。
(1)日本の生産性は低くない?
日本は生産性が低い、低いといわれ続けているが、そうではないのか。本書は次のように指摘する。
バブル崩壊やアジア通貨危機で苦しんだ日本経済は2000年以降回復し、より健全になったのは「労働力が年率1%で減少したにもかかわらず、生産量は年率1%で成長してきた。両者の差は生産性の向上」である。
日本の労働者1人当たりの生産性は他の先進国のどこよりも優れていると本書は言う。これは驚きだ。刮目(かつもく)すべき指摘である。
この理由は、日本企業の積極的な海外投資(グローバル化)である。日本企業は、国内の不況を克服するべく海外投資を積極化させた。
この時期は、中国などからの豊富で安価な労働力の提供とアジア各国の経済成長による購買力向上という二つの幸運が重なった。この幸運が日本企業の海外投資の背中を強く押したのである。
「日本の海外直接投資は2017年にほぼ20兆円近くに達していた。これは1990年代半ばの水準に比較すると6倍以上の増加にあたる」
日本企業は海外投資を積極化させることで生産性を向上させ、利益極大化を図った。
なぜ、これが注目されないのか。それは国内不況を説明するに当たって、資産バブル崩壊と少子高齢化を挙げる方が容易であるから。そして海外での利益は現地での再投資に回され、日本国内に還流されなかったから。
日本企業は、国内投資を抑え、海外投資を積極化させることで業績を向上させたが、このことが国内でのデフレを持続させることにもつながったのだろう。
今、日本は「円安不況」などと騒ぎ立てているが、実際のところ、企業業績にあまり影響は出ていない。好調を持続している企業が大半である。
国内ばかりに目を向けた分析をしていると、誤った判断に陥る可能性があるのではないだろうか。今後のデフレ脱却には、日本企業の国内外の投資活動をトータルで分析することが必要であると考える。
コラム・江上剛 バックナンバー
新着
会員限定