韓国で国民的な存在になった「日本由来」のもの【崔さんの眼】

2022年07月24日09時00分

ジャーナリスト・崔 碩栄

 去る6月8日、韓国で「国民MC」と呼ばれたソン・ヘ(宋海)氏が95歳でこの世を去った。

 マスコミは彼の訃報をトップニュースで伝え、ニュースを見た韓国国民の多くが悲しみと、大きな喪失感にさいなまれた。尹錫悦大統領は、長年にわたり国民に笑いと楽しみを提供してくれた彼の死に哀悼の意を表し、故人に文化勲章を授与した。

 それに十分に値するほどに、彼は全国民に愛される存在だった。

 1955年に歌手としてデビューし、コメディアン、MC等として、60年を超える長い期間、芸能活動を行ってきたソン・ヘ氏。

 しかし実は、彼は「遅咲き」のスターである。経歴が長さに比例するように、それなりの「知名度」はあったのだが、それに比例する「人気」とまではいかなかったのだ。

 ◆NHKのパクリ

 彼に転機が訪れたのは還暦を迎えた1988年、「全国歌自慢」という番組のMCとして視聴者の前に立ち始めたときである。

 ユーモアあふれるアドリブで視聴者をくぎ付けにし、この番組のMCを34年間も務めた彼は、韓国の最長MCとして記録されたばかりでなく、現役最高齢MCとしてギネスブックにも載った。

 それ以前にも多数の番組でMCを務めたことがあった彼だが、全国歌自慢は抜群のアドリブの腕を持つ彼と最高に「相性」が良かった。

 面白いのは全国歌自慢の内容だ。毎週日曜日、全国を巡回しながら、各地域のアマチュア参加者が歌の腕前を競い、鐘を鳴らして合格か不合格かを伝える。ゲストとしてプロ歌手も登場し会場を盛り上げる。

 ストレートに言えば日本のNHK「のど自慢」のパクリ、好意的に表現すれば「韓国版のど自慢」であった。

 若い頃から歌手やMC等として細々と活動してきた彼が、60歳で任されたこの番組で「国民MC」になった。これは見方を変えればこの「韓国版のど自慢」が無かったら、彼は国民MCの座に上り詰められなかったかもしれない。

 ◆「土曜日だよ!全員出発」

 振り返ってみると、日本由来のものが韓国で「国民〇〇」と呼ばれるようになった例が幾つも存在する。

 韓国で「国民コメディアン」と呼ばれ、国会議員まで務めたコメディアン李朱一は日本の伝説的なお化け番組「8時だョ!全員集合」をまねした番組「土曜日だよ!全員出発」で人気を得たが、その番組内で彼が人気を博したコントは加藤茶と志村けんの「ヒゲダンス」をそのまままねしたものだった。

 他にも、韓国で「国民お菓子」という称号を得たスナック「セウカン」は、日本の「かっぱえびせん」の味と形をそのままコピーしたものだ。

 現在は多くの韓国国民が、それらは日本由来だということを知っているが、それらが「国民的人気」を博す時まで、ほとんどの人は、それが日本のものを模倣したものだということを知らずにいた。

 もし、事前に日本由来だと発表していたなら、人気の代わりに激しい非難を浴びていただろう。

 しかし、韓国人はそれを知らずに楽しんだ。韓国国民はブラインドテストでそれを吟味し、好きになり、ついには「国民的な存在」として愛したのだ。

 ◆知らない方が…

 3年前に韓国で起きた激しい反日不買運動を思い出す。日本由来のものや製品を排斥、排除する運動だったが、もしその運動が数十年前から起きていたら、韓国の「国民MC」も、「国民お菓子」も、「国民コメディアン」も誕生しなかっただろう。

 そして、「国民的な楽しさ」の存在しない韓国社会の日常は少し寂しく、少し退屈なものになっていたかもしれない。

 韓国で「国民的」というものは、韓国人にとって受け入れやすい、共感しやすいものだったから「国民的」と称されたのだと思う。

 しかし、現在の韓国社会を観察するに、韓国人はブラインドテストの目隠しを外さずに、つまり日本由来のものか否かを知らずに日常を楽しむ方が、もっと素直に幸せを感じられるのではないか。国民MCの他界を見て考えた。

 (時事通信社「金融財政ビジネス」より)

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 【筆者紹介】

 崔 碩栄(チェ・ソギョン) 1972年生まれ、韓国ソウル出身。高校時代から日本語を勉強し、大学で日本学を専攻。1999年来日し、国立大学の大学院で教育学修士号を取得。大学院修了後は劇団四季、ガンホー・オンライン・エンターテイメントなど日本の企業に勤務。その後、フリーライターとして執筆活動を続ける。著書に「韓国人が書いた 韓国が『反日国家』である本当の理由」「韓国人が書いた 韓国で行われている『反日教育』の実態」(ともに彩図社)、「『反日モンスター』はこうして作られた」(講談社+α新書)、「韓国『反日フェイク』の病理学」(小学館新書)など。

 (2022年7月24日掲載)

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