北朝鮮は、謎に包まれた国である。北朝鮮の新しいコロナウイルスの感染者数はゼロと報道してきたのに突然、当局が大量のコロナ感染者が出たと発表して、指導者が「建国以来の大動乱」と表現したほどの深刻さであることが判明した。
北朝鮮で何が起きているのか。 北朝鮮が発信するものをどう読むか。北朝鮮の外にいる者にとって、これは永遠の課題である。
◆中国製の北朝鮮グッズ
北朝鮮に隣接した中国の吉林省延辺朝鮮族自治州の延吉市西市場には、北朝鮮産品の専売店があり、北朝鮮関係の食器、海産物、図書を販売している。私は1991年に国境地域を初めて訪問し、その後、延吉市訪問は数十回となった。
中朝国境の図們大橋の展望台や近くの商店に行けば、「レアモノ」に出会う。「中国製の北朝鮮グッズ」が多い。
1個15元(中国通貨=約300円)の粗雑な作りの「金日成・金正日バッジ」を売っているおばあさんに聞くと、「朝、北朝鮮から来た。夕方、北朝鮮に帰る」との話だ。
偽のバッジの荷物を持って中朝国境を往来? あり得ない話だ。偽バッジの「価値」を高めるための答えだった。
当時、そのバッジが神田の古本屋では7000円で並んでいた。北朝鮮では、バッジの裏に通し番号が刻印されていて、他人に売買すると重罪である。それを束で売っているはずがない。「謎の北朝鮮」を利用したビジネスなのである。
延吉の市場は、偽物の韓国や日本のたばこが山積みされている。朝鮮族の商魂はたくましい。
◆日本では本物扱い
文書や印刷物も、その例外ではない。買う人がいるから偽物が出回る。いろいろな「極秘文書」が出回るのも延吉市である。
粗末な紙に朝鮮語で書いてあるから、本物に見える。韓国の在韓米軍の関係者には、偽物文書を見破る専門家がいるくらいである。
日本では時々、どう見ても怪しい、中国で製造した北朝鮮モノが本物扱いされて、それがテレビ番組で紹介され、「不安、不満の広がる北朝鮮社会」との結論で終わることは珍しくない。
先日、あるテレビ番組で北朝鮮のコロナ感染拡大を記録した「極秘文書」が紹介されていた。北朝鮮メディアは毎日、朝鮮語で発信していて、北朝鮮内で使う表現や単語を見分けることは難しくない。
「極秘文書」には「新型コロナウイルス」と朝鮮語で書いてあった。日本語を朝鮮語訳した言葉である。北朝鮮メディアが使う言葉は「新しいコロナウイルス」であり、「新型コロナウイルス」とは表現しない。
◆事実誤認や誤解の拡散
5年前、北朝鮮の平壌市内を歩いた時、喫茶店を見つけた。「チャチプ(お茶の家)」と書いてある。
「喫茶店」であることはすぐに分かったが、「茶房」という韓国語は使わない。北朝鮮では「チャチプ」である。
観光ガイドは「南から侵入した人であれば、このような生活に密着した言葉の使い方で、すぐに身元が判明します」と説明した。
北朝鮮の軍隊で作った「極秘文書」としてウィンドウズで作成した大量の文書が出回った、との番組が放送されたこともある。しかし、朝鮮人民軍のOSはウィンドウズではなく、「 Red Star OS 」 だと知られている。
日本のメディアは「極秘文書」「極秘情報」「最近、北朝鮮から来た人に聞いた話」として、北朝鮮社会に関するさまざまな事実誤認や誤解を拡散してきたのではないか。
(時事通信社「コメントライナー」より)
【筆者紹介】武貞 秀士(たけさだ・ひでし) 朝鮮半島の安全保障問題の第一人者。1949年生まれ。慶応大学大学院博士課程修了。防衛研究所で長年活動し、統括研究官。2011年の退官後、韓国の延世大学教授などを経て、19年4月より現職。米韓中と精力的に研究交流し、日本のテレビのコメンテーターとしても活躍。著書に「なぜ韓国外交は日本に敗れたのか」「東アジア動乱」など。
(2022年6月19日掲載)
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