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「袴田事件」再審なるか◆揺れる司法のポイントは【時事ドットコム取材班】

2022年03月10日10時00分

 1966年、静岡県清水市(現・静岡市)で一家4人が殺害された「袴田事件」。死刑が確定した袴田巌さん=釈放=の裁判のやり直し(再審)をめぐる司法判断は揺れており、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」が見つかったとする地裁の判断を覆した高裁決定は最高裁で取り消され、閉ざされたかに見えた再審の可否は、もう一度高裁で審理されている。発生から半世紀以上。86歳となった袴田さんの訴えは届くのか。異例の経過をたどった事件のポイントをおさらいする。(時事ドットコム編集部 正木憲和

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◇「5点の衣類」

 清水市のみそ製造会社の専務宅が放火され、一家4人が他殺体で見つかったのは1966年6月。従業員だった袴田さんは同8月に逮捕され、捜査段階で自白したものの、裁判では否認に転じた。

 極刑を宣告した1968年の一審静岡地裁判決は、自白の任意性には疑問を呈しつつ、現場近くのみそタンクの中から見つかった血染めの半袖シャツやステテコなどの「5点の衣類」について、犯行時に袴田さんが着ていたものだと判断。二審も袴田さんの犯行とし、1980年、最高裁で死刑が確定した。

◇DNA型鑑定は

 捜査や科学技術は進歩し、DNA型鑑定の結果が真相解明の決定打になるケースは少なくない。1990年に4歳女児が殺害された「足利事件」で無期懲役が確定した菅家利和さんのことを覚えている人は多いだろう。菅家さんは、服役中に行われた再鑑定で女児の下着に付着した体液とDNA型が一致せず、2009年、17年半ぶりに釈放され、再審で晴れて無罪となった。

 袴田さんを逮捕から48年ぶりに釈放した2014年の静岡地裁決定は、半袖シャツに残された血痕を調べた弁護側のDNA型鑑定を重視。血痕について、袴田さんのものとも、事件の被害者4人のものとも異なる可能性が相当程度認められると指摘した上で、衣類が捏造(ねつぞう)された疑いに言及して裁判のやり直しを認めた。

 一方、この決定を取り消した2018年の東京高裁決定は、弁護団の鑑定手法を疑問視。広く科学の世界で確立されたとは言えない方法で行われており、信用性に欠けるとした。

 最高裁はDNA型鑑定をどう判断したのか。2020年の決定は、鑑定のために血痕から試料を採取した半袖シャツについて、「40年以上、常温保存されており、多数の人間に触れられる機会があった」と指摘し、そもそも鑑定結果で個人を識別することには無理があるとした。

◇みそ漬け、変色は…

 DNA型鑑定結果のほか、弁護団が袴田さんの犯行ではないと主張する根拠に「5点の衣類」に付着した血痕の「色」がある。

 衣類が見つかったのは1967年8月。袴田さんが逮捕されてから約1年後で、袴田さんが犯行時に着用していたとすれば、逮捕される前にみそタンクの中に隠したことになる。衣類は少なくとも1年間みそ漬けにされていたはずなのに、血痕には赤みがあり、シャツには白い部分も残っているー。

 弁護団は衣類をみそ漬けにする再現実験で色の変化を調べた。血痕は1カ月後に黒褐色となり、6カ月後に黒色に近い色になったという。

 最高裁は、DNA型鑑定では再審の可否を判断できないが、変色については、まだ検討が十分ではないとした。

◇審理の行方は

 およそ1年にわたり、みそ漬けにされた血痕に赤みが残ることはないと言い切れるのか。改めて行われている高裁での審理では、この点をめぐって、検察、弁護団双方が意見をぶつけ合っている。

 もし言い切れるのであれば、衣類がみそタンクに隠されたのは発見直前だった疑いが強まり、逮捕・拘束されていた袴田さんに衣類を隠すことは不可能だったということになる。地裁が言及した証拠の「捏造」への疑念も深まるだろう。

 再審を開始するか否か。慎重な検討が求められていることは否定しない。だが、最高裁の決定から既に1年以上が経過し、高齢になった袴田さんに残された時間も多いとは言えない。審理の行方を占うことはできないが、いたずらに時を消費する余裕はない、ということだけは確かだ。

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