去る2月10日、ソウル行政法院で興味深い判決が下された。裁判所が政府(大統領秘書室)に対し大統領夫人、金正淑(ジョンスク)氏の衣装・アクセサリー・靴等の購入に支出された金額を公開する命令を出したのだ。
この訴訟は、政府が税金をどのように使うのかを監視し、これにより納税者の権利を守る運動をしてきた非政府組織(NGO)「韓国納税者連盟」の主導により提訴されたものだ。
◆費用の出所と金額に疑問の声
以前から、令夫人が外国訪問時や各種の行事において披露してきた数々の派手なファッションについて、国民からその費用の出所と金額に疑問の声が上がっていた。
そして、令夫人が身に着けていた服と同じものと思われるハイブランド商品の写真と価格がインターネット上に出回るようになると、批判の声はさらに高まった。
これに対し、文政権を擁護してきたメディアは「借りた衣装だ」「有名ブランドの服と同じように見えるだけだ」と見苦しいフォローを行ったが、それは確実な証拠のないうわさ、伝聞レベルの話にとどまっている。
権力者の婦人、ネットで炎上する疑惑の写真、そして庶民感覚とは懸け離れた価格。韓流ドラマ定番の「叩(たた)かれ役」としての条件はすべてそろっている。国民の関心が集まったのは当然のことだ。
李明博、朴槿恵両政権でも大統領府の特殊活動費の使用目的を監視、非難してきたこのNGO団体は、2018年6月に文在寅政権の大統領府を相手に「特殊活動費」に関わる情報の公開を請求した。
しかし、大統領府は「大統領秘書室に割り当てられた特殊活動費の細部支出内訳には国家安全保障、国防、外交関係など敏感な内容が含まれており、これを公開することにより国家の重大な利益を著しく損なう恐れがある」という理由で公開を拒絶した。
これにより裁判という強硬手段が取られたのである。
◆国民が納得できる範囲か
令夫人が税金で衣装を購入することについて、批判する国民は多くない。国民は国の「顔」とも言える大統領と令夫人が身に着ける服や靴を税金で整えることについて、文句を言っているわけではない、という意味だ。
そもそも、韓国においては大統領だけでなく、国会議員および公務員たちの経費として「品位維持費」という予算が編成されている。
これらは、彼らが公務で使う服や靴などに使うことを前提とされたものだ。今、問題視されているのは、令夫人の服装に注ぎ込まれている税金が、国民が納得できる範囲のものか、という点だ。
だが、大統領府が裁判所の公開命令に素直に従うとみる国民は皆無だ。重要な大統領選を目前に控えているためだ。
多くの国において、政治家が訴える政策、公約よりもはるかに強く有権者の記憶に残るのは、ゴシップやスキャンダルだ。数年前の米国の大統領選でも、韓国の大統領選でもそうだった。
ひょっとしたら炎上するかもしれない敏感な話題である。このタイミングで大統領府が公開に踏み切るとは到底思えない。
一方、大統領府が控訴することを選べば、大法院(最高裁)が判決を下すまでの数年間にわたる時間を稼ぐこともできる。判決が下るころには、大統領は退任しており、その令夫人が何年も前に購入した服の値段に対する世間の関心は失われていることだろう。
◆国家の重大な利益
残念ながら、NGO団体がせっかく勝ち取った判決による情報公開は、文大統領の在任中にはかなわず、その効果は限定的なものになってしまうだろう。
もし、日本で裁判所が首相夫人の衣装代を公開するよう命じた判決を、官邸側が拒否したり、無視したりしたら、どうなるだろうか。おそらく、連日ワイドショーと週刊誌に取り上げられ、大きな騒ぎになるだろう。
日本だけではなく、他の国でも同様の現象が見られるに違いない。しかし、今の韓国で令夫人の衣装代は、国家安全保障、国防、外交関係など敏感な内容で国家の重大な利益を著しく損なう恐れがあるという理由で、税金の使い道を知る権利より優先されている。
果たして、この「国家の重大な利益」は「韓国国民の利益」につながるものなのだろうか?
(時事通信社「金融財政ビジネス」より ※3月9日の韓国大統領選挙以前に書かれた記事です)
【筆者紹介】崔 碩栄(チェ・ソギョン) 1972年生まれ、韓国ソウル出身。高校時代から日本語を勉強し、大学で日本学を専攻。1999年来日し、国立大学の大学院で教育学修士号を取得。大学院修了後は劇団四季、ガンホー・オンライン・エンターテイメントなど日本の企業に勤務。その後、フリーライターとして執筆活動を続ける。著書に「韓国人が書いた 韓国が『反日国家』である本当の理由」「韓国人が書いた 韓国で行われている『反日教育』の実態」(ともに彩図社)、「『反日モンスター』はこうして作られた」(講談社+α新書)、「韓国『反日フェイク』の病理学」(小学館新書)など。
(2022年3月13日掲載)
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