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人に尽くして祀られた猫たち 猫は役に立つ

渋谷申博(日本宗教史研究家)

猫の恩返し

 今や「カワイイ」の代名詞のような存在となっている猫だが、日本では近代の初め頃までは注意して飼うべき妖獣といった扱いをされていた。

 例えば、猫が死体を乗り越えるとその死体が動き出すと信じられており、そのため葬式の間は猫を一室に閉じ込めておくか、よそに預けておくものとされていた。

 また、1貫目(3.75キロ)以上になると化けるとか、長生きすると人語を話す、尻尾が2本になる、踊るなどと言われるのも、猫が他の動物とは違う霊獣であることを表している。ある地域では猫は3年とか5年とか年限を決めて飼うものだとしていたのも、人が制御できないほどの霊力を持つことへの恐れによるものであろう。

 こうした恐れと親しみが入り交じった感じは稲荷神のお使いとされるキツネに通じるところがあるが、野獣であるキツネと違い、猫は屋敷の中で飼う家畜なので、抱く感情もより複雑になっている。

 昔話でも、かわいがっていた飼い猫に命を狙われたといった化け猫の話があるかと思えば、飼い主に疎まれながらも命懸けで妖怪から守ったという報恩話もあるといった具合だ。

 猫の伝説・昔話はお寺が舞台になっているものが多い。それは、経巻や仏像などをネズミの被害から守るために、お寺にとって猫が必需品だったからであろう。貧乏寺でも和尚さんがかわいがっているのは、そうした実際的な面もあったのだ。

 しかし、昼間は寝てばかりいる猫がたまには稼いでくれればなあと思うのも人情で、そんなところから「猫の恩返し」(猫檀家(だんか)・猫寺)という昔話が生まれたのかもしれない。この話にはバリエーションが多いが、代表的な話は次のようなものだ。

 昔ある所に貧乏なお寺があった。住職は1匹のトラ猫を飼っており、たいそうかわいがっていたが、とうとう猫の餌にも困るようになってしまった。そこで猫に暇を出す(今風にいえば自由契約にする)ことにした。すると、猫は住職に言った。

 「長年お世話になりましたので、ご恩返しをしたいと思います。数日後、長者の家で葬儀があります。その際に怪異が起こりますので、長者の家から呼ばれましたら『南無トラにゃあにゃあ、トラにゃあにゃ』と呪文を唱えてください。きっと霊験がありますから」

 そう言い終わると、猫はぷいっと姿を消した。

 数日後、猫が言った通り長者の娘が亡くなり、お弔いが出されることになった。ところが、その葬式の真っ最中に娘の棺おけが空中に浮かび上がるという怪異が起こった。葬式には各宗派の名僧が集められていたのだが、それらの者たちが頭から湯気を出して祈祷(きとう)をしても、棺は少しも降りてこない。困った長者は、わらにもすがる思いで貧乏寺の住職を呼びに行かせた。

 やって来た住職は棺が浮かび上がっているのを見てびっくりしたが、猫に言われた通り「南無トラにゃあにゃあ、トラにゃあにゃあ」と唱えた。すると驚いたことに、棺はすうっと降りてきたのだった。

 喜んだ長者は住職に多額のお布施をするとともに、本堂の建て直しを約束した。以後、寺の檀家は増え、住職は豊かに暮らすことができた。あの飼い猫(言うまでもなく、棺が宙に浮く怪異を起こした張本人―いや、猫)も何事もなかったかのように戻ってきて住職と仲良く暮らしたとさ。

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