会員限定記事会員限定記事

「国に帰れ」殺到した中傷  柳美里さんの思う「投票」の本質

2021年11月06日10時00分

 在日韓国人2世で、日本で参政権を持たない芥川賞受賞作家、柳美里さんは投票への思いを発信するたびに「自分の国に帰れ」などと中傷を浴びてきた。戦後3番目の低投票率となった衆院選。自身を「二つの国に掛かる橋の上に立っている」と表現する柳さんの目にはどう映ったのか。(時事通信社会部 太田宇律)

特集】社会コーナー

 ー日本の選挙をどんな思いで見詰めていますか。

 選挙のときは、いつも各党の政見放送や報道を見ていますが、自分には選挙権がないので、投票という形で参加することはできません。けれど、道を歩けば候補者が演説をしているのを見掛けたり、パンフレットを渡されたりしますよね。小学校低学年のとき、同級生に「お前の家に投票用紙はないだろう」といじめられたことがあって、思えば子どものころからいたたまれない思いをしてきました。特に地方選は生活に直結することが争点になりますから、投票できないことに疎外感を感じていますし、いつも複雑な思いをしています。

◇街の一員

 ー衆院選の期間中、ツイッターに「参政権を持っている人には、持っていない人の境遇や立場を、頭と心の片隅に置いていただけるとうれしいです」と投稿されました。

 参政権がある人だけで日本の国は構成されているわけではないということを伝えたかったんです。私は茨城県土浦市で生まれ、神奈川県の横浜市や鎌倉市で育ち、福島県南相馬市で暮らしています。思い入れのある土地がたくさんあって、私にとっても日本は故郷なんです。国内にはおよそ288万7000人(2020年末時点)の在留外国人がいて、農業や水産業や工業など、さまざまな仕事に従事していますよね。日本国籍を持つ人だけではなく、外国籍の人々の命や労働も織り込まれて、この国はできているんだと伝えたかった。若者の投票率が低いこともあり、10代や20代の読者に呼び掛けたいという思いもありました。

 ーツイートには「気に入らないのなら自分の国へ帰れ」といった中傷コメントが殺到しました。

 何かを声高に叫んだり、参政権を要求したりする投稿ではなかったのですが、外国籍の人間が選挙について意見すると、すぐ「不満なら自分の国に帰れ」ということになってしまいます。ツイッターでは「日本に外国人はいらない」「緊急時になったら何をするか分からない」という意見も見ましたが、例えば、技能実習生は日本にとって必要だからこそ、たくさんの人数が国内で働いているわけですよね。私が住む福島県内でも多くの外国籍の方が除染や廃炉作業に従事しています。日本を故郷と感じ、役に立ちたいと考えて、街の一員として働いている方が多くいる。そうしたことについて、日本国籍を持つ人たちの間で理解や議論が進めばいいなと思います。

 ー確かに外国籍の働き手は年々増えています。

 今、さまざまな現場で外国籍の方が働いているのは、国内で働き手が不足しているからですよね。コンビニの店頭でも外国籍の方を多く見掛けます。少子高齢化で今後さらに人口減が進み、介護の需要が広がれば、ますます外国人の働き手は増えていくはず。在留外国人の側から変化を訴えているのではなく、今後、日本の形をどのようにしていくのか、日本国籍を持つ方々が「自分事」として問われているのだと思います。

◇「橋」の上から

 ー在日韓国人であるご自身の立場をどう感じていますか。

 芥川賞を受賞したときに韓国でも記者会見をしたのですが、冒頭、「私は韓国人でもないし、日本人でもなく、その間に立っていると思います」と話しました。その感覚は今も変わっていません。日韓関係が良好なとき、在日韓国人は「両国の架け橋」と呼ばれることがありますが、戦争のときに真っ先に攻撃されて落とされるのも「橋」ですよね。ただ、橋の上からしか見えない風景というものもある。私は世界中にいる「はざまにいる人」の一人として、橋の上から両国と関わっていくのだと思っています。

 ー有権者に伝えたいことはありますか。

 私にとっては、その一票がとても貴く、重く感じられるということです。投票にいけない人には、私たち外国籍の人間だけでなく、未成年や闘病中の人たちもいます。それから、これまで日本を築いてきた膨大な死者もそうですよね。終戦の日や大震災が起きた日、「私たちはあなたたちの思いや無念さを背負って生きていきます」と誓うでしょう。それは投票のときも同じだと思うんです。投票権を持っている人には、ない人たちのことを思い、考え、そして忘れないでいてほしい。

どうする◆外国人参政権 バックナンバー

新着

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ