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「うんこ」と県警がコラボした!? 下品な言葉が子どもを引き付ける理由

2021年11月11日10時00分

三重大・富田昌平教授

 平成末期、小学生の間で一大ブームとなった「うんこ漢字ドリル」と千葉県警がコラボレーションし、令和に入って3年目の今年、「うんこ」で犯罪から身を守る術を学ぶ取り組みが始まった。「うんこ防犯ドリル」は県内約800の小学校などに配布されるという。思えば昭和の教室でも、母親が眉をひそめるような下品な言葉が飛び交い、児童が笑い声を上げていた。いつの時代も子どもたちは「うんこ」に引かれる。いったい何が子どもを引き付けるのか。幼児教育の専門家で「幼児の下品な笑いの発達」に関する論文のある三重大の富田昌平教授に解説してもらった。

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◇「うんこ」すると気持ちいいから???

 小学生から大人まで幅広い人気の漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」が「友情・努力・勝利」という三大原則に沿ってつくられていることは、あまりにも有名な話だ。他方、小学生男子に人気の漫画雑誌「月刊コロコロコミック」が、実は「うんこ・ちんちん原理主義」に沿ってつくられていることは、あまり知られていない。「うんこ・ちんちん原理主義」とは、メイン読者である小学生男子は「うんこ」や「ちんちん」がとにかく大好きで、それが漫画の中に現れるとものすごく喜ぶという単純明快な考えの下、漫画の中に「うんこ」や「ちんちん」を登場させることを指すようだ。確かに、古くは「超人キンタマン」(立石佳太)や「おぼっちゃまくん」(小林よしのり)に始まり、現在では「でんぢゃらすじーさん」シリーズ(曽山一寿)に至るまで、コロコロコミックでは下ネタによる笑いを織り交ぜたギャグマンガが数多く輩出されてきた。

 子どもの「うんこ」好きはコロコロコミックに限った話ではない。最近では「うんこ漢字ドリル」も空前の大ヒットを記録したし、どんな事件でもおならでププッと解決する「おしりたんてい」(トロル)も大人気だ。「Dr.スランプ アラレちゃん」(鳥山明)や「クレヨンしんちゃん」(臼井儀人)でも、うんこやおしりは頻繁に登場してきた。

 子どもはなぜ「うんこ」が好きなのだろうか。とあるテレビ番組でこの問いがテーマとして取り上げられた際、その解答として「子どもはうんこを自分の子どもだと思っているから」という驚くべき理由が示されていた。番組内では精神分析学者フロイトが唱えた、1歳半から4歳ごろの子どもの発達段階を指す「肛門期」が引用され、この年頃は「うんこをすると気持ちがいい」ことを覚える時期で、トイレットトレーニングで「トイレでうんこをすると大人にほめられる」経験をすることとも重なって、うんこが好きになるのだと説明されていた。そして、排せつの快感とほめられる心地よさに、自分の体から出てきたものへの愛着とが加わって、うんこのことがまるでわが子のように感じられて好きになるのだという。

 本当にそうだろうか。現代のようにトイレ自体が清潔で、水で流す前に自分のうんこを見ることのできる時代であれば少しは理解できるが、少なくとも私の子ども時代のトイレはいわゆる「ぼっとん便所」がほとんどで、それは必ずしも清潔とは言えず、もしも間違ってうんことともに便器の中に落っこちようものなら、二度と生きて帰れないのではないかという恐怖心を感じさせる場所でもあった。また、そもそも暗闇に消えた自分のうんこを確認することなどできなかった。

 無意識のレベルでそうなのだと言われてしまえばそれまでだが、少なくとも意識レベルでは「うんこが自分の子どもだ」などと感じたことは1ミリもなかった。しかし、それでも「うんこ」「おしっこ」「おしり」「ちんちん」「おなら」などの言葉を発してゲラゲラ笑うということは、子ども時代に散々してきた。

 要するに、こういうことではなかろうか。子どもは「うんこ」そのものが好きだというよりは、むしろ「うんこ」という言葉を発することで生じる笑いが好きなのだ。それが「子どもはなぜうんこが好きなのか」という問いに対する私自身の答えだ。

◇「日常からの逸脱」

 ではなぜ、子どもはこうした下品な笑いが好きなのだろうか。その理由を明らかにするためには、まず、下品な笑いの構造を示した上で、幼児期から児童期にかけての子どもの発達との関連に注意を向ける必要がある。

 下品な笑いの中心をなすのは「日常からの逸脱」だ。人間は何らかのズレを感じたときに笑う。日常の何気ない会話の中に「うんこ」という言葉をひょいと放り投げると、そこにズレができてドカンと笑いが生じる。これが下品な笑いの構造だ。従って、「うんこ」を笑いに変えるためには、子ども自身がこうした構造に、何となくではあるにせよ、気付いている必要がある。

 その気付きはいつ、どのようにしてもたらされるのだろうか。そこには2歳から3歳にかけてのトイレットトレーニングが関係している。それまで子どもは「うんこ」をしたくなったら、その場でオムツの中にしていたわけだが、トイレットトレーニングを経験するうち、それを表立ってするのは恥ずかしいことで、他の人が見ていないような隠れたところ(トイレ)ですべきだということを学ぶようになる。つまり、「うんこ」という行為自体が隠すべきタブーへと子どもの中で変化するのだ。

 それと同時に、本来隠すべき「うんこ」を何の脈絡もなく表に放り投げると、日常との間にズレができて笑いが生じるということに、何となくではあるが、気付くようになる。従って、こうした下品な笑いは早くて2~3歳ごろから見られるようになると言える。

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