2021年11月29日
瀬名:こういうように順序立ててお伺いすると、論理的なメカニズムに基づいて、いろいろな病気に効くことが分かりますが、ぱっと聞いただけだと、そんなに何でも効くというのはうさんくさいと思われてしまう。本にも書いてありましたが、最初のころは宮崎先生もいろいろ大変だったろうなと共感しました。
宮崎:いや、もう詐欺師扱い、山師扱いですよ。今でも、まだ幾分かそうですね。だから薬を作って実証してみせるしかないと思っています。
瀬名:宮崎先生は学会にはまったく属していらっしゃらないとお聞きしましたが…。
宮崎:はい。でも、以前は免疫関係の学会は全部入っていましたし、分子生物、化学学会などにも所属していました。AIMの研究が進んで肥満に効くとなったら肥満学会とか、糖尿病学会、さらには腎臓病学会、肝臓学会と、もう切りがなくなってきました。
瀬名:それはそうでしょうね。
宮崎:結局のところ、何かの病気を専門に研究しているわけではないので、学会に対しても貢献ができません。そうなると双方にとって無駄かなと思って、3年ほど前に全部やめてしましました。
瀬名:実は小説家も似ていて、僕はSF作家とかミステリー作家というふうに分けられてしまうことがあります。僕は科学と文学の関係を一生のテーマにしたいのは確かですが、それをミステリーの形で書くこともあれば、SFやノンフィクションで書くこともあるわけです。ところが、書評の世界はミステリー評論家、SF評論家で分かれてしまいますから、評価も別個に行われ、その結果、瀬名の本は売れにくいということになってしまいます。僕としては同じテーマを追求しているのに、です。
宮崎:それはそうですよね。
瀬名:そう考えると、科学でも芸術でも内部に分断があって、宮崎先生のように本質を突く部分をやられる方にとっては、非常にやりづらい部分があるのだろうと思います。先生の本の中に、オーケストラの指揮の勉強をされていた経験があって、科学との共通点についても書かれていましたが…。
宮崎:はい。オーケストラの指揮と科学、特に医学生命学の研究は本当に似た部分があります。生命現象というのは単旋律の音楽ではなくて、シンフォニーに例えられると思います。たくさんの異なった生命をつかさどる要素が完璧に統制されている状態、オーケストラでいえば美しい響きを出している状態が健康状態とすれば、響きが濁った状態が病気です。指揮者の最大の役割は、単に一つの楽器、一人のプレーヤーの間違いを正すことではなく、濁った響きを調節して、全体を美しい響きに戻すことです。これは、まさに体の中でAIMが行っていることそのものだと思います。
指揮者の勉強を始めて、全体の響きを聞くという訓練をずいぶんしてきましたから、科学の研究をしながら、それがすごく影響していると感じることはあります。そうじゃないと、病気の全体像を見ることもできないのではないかと思います。
瀬名:そうですね。
宮崎:今の科学界は、バイオリンのプロとかオーボエのプロをつくることはありますけれど、指揮者的な科学者を養成するようなコースは多分ないと思います。
「濁った響き」を聞き分ける手法
瀬名:濁った響きを聞き分けるということを、先生はどうやって訓練されたのでしょう?
宮崎:大きく役立ったのは、医師としての臨床経験だと思っています。研修医のときには初診外来をたくさん担当します。初めて来た患者さんの様子を見ながら話を聞いているだけで、詳しく診察する前にこういう病気じゃないかと見当をつけて(感じて)、そこからいろいろな検査をしていくわけです。俯瞰(ふかん)的にその人の状態をつかむというトレーニングを、臨床の現場でたくさんしました。研究でも、不思議な現象がマウスに起きたとき、これは何なのかと直感的に見抜く力というのは、臨床や指揮者の訓練が結構効いていると思います。
瀬名:なるほど。
宮崎:やはり私はAIMというツールを通じて、生命体の不思議さや美しさを科学の言葉で表現していきたいというのが一生のテーマです。もっとも、論文では自分の感動の10%も伝えられていないように思いますが…。
瀬名:先生の論文は読ませていただきましたが、特に五量体の論文ではしっかり伝わってきましたよ。
宮崎:それはうれしいです。
瀬名:僕は小説を書き始めて二十数年たちますが、子どものころに僕の本を読んで科学者を目指しました、なんて人に会うとものすごく感激します。
宮崎:すばらしいことです。
瀬名:きょうは本当に良い話を聞かせていただきました。ありがとうございます。
宮崎:こちらこそ本当にありがとうございました。
(2021年11月29日掲載)
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