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猫腎臓病治療薬に寄付殺到、愛猫家の熱意受け、開発再開へ 作家・瀬名秀明氏と宮崎徹・東大大学院教授が対談

2021年11月29日

SAVE THE CATの法則

瀬名:ところで宮崎先生、「SAVE THE CATの法則」ってご存じですか?

宮崎:いえ、存じ上げません…。

瀬名:これは本の題名で、「売れる映画」を作るためのハリウッドの脚本術についての話です。日本でもすごく読まれています。映画には必ず主人公がいますが、その主人公に観客が気持ちを入れてくれないと映画は面白くないわけです。じゃあ、どういうキャラクターづくりをすれば、観客は主人公に共感や感情移入をしてくれるかというポイントが、「猫を助ける主人公は好かれる」という法則なのです。
 もちろん、猫というのは例であって犬でも構いません。例えば、キアヌ・リーブス主演の「ジョン・ウィック」というアクション映画があります。あれはすご腕のジョン・ウィックという引退した殺し屋が、愛犬を殺されたことにブチギレしてマフィアを皆殺しにするというストーリーです。犬や猫の話になると、(観客の)共感度が上がるのです。

宮崎:なるほど!

瀬名:「猫が30歳まで生きる日」は、最初に猫から入りますが、そこはまさに「SAVE THE CATの法則」にのっとっているわけです。その後、先生がなぜ基礎研究を目指したか、どんな研究をしてきたかという話になります。僕も小説家になるまでは研究者になろうとしていたし、海外への憧れもありました。先生はスイスのバーゼル免疫学研究所に在籍されていて、そこでAIMを見つけられたのですよね。

宮崎:そうです。見つけたのはいいのですが、体の中でどんな働きをしているのかは、さっぱり分かりませんでした。でも、調べてみると血液中にたくさんあって、しかもマクロファージという免疫に重要な役割を果たす細胞しか作っていないということも分かって、これは絶対に免疫学的に重要な何かがあるぞ、と思いました。

六角形だった「五量体」

瀬名:そこは直観ですよね。そして、免疫でとても大切なIgMという抗体の話が出てきます。僕が研究の世界にいたころ、IgMは五量体で五角形に描かれていました。でも実際には六角形で、その中にAIMが挟まっていて、(IgMから)離れやすい、離れにくいが疾病の回復度に関係していて、それが種によって違うといった話になり、そこが最終的に猫につながっていくというストーリーをとても面白く感じました。五量体が六角形だというのは、知られていたことなのですか?

宮崎:いえ、わたしたちが発見したことです。その論文<Science Advances.4:eaau1199 (2018)>を3年前に発表した時、実は研究者の間では、AIMよりもその点に驚いた人も多かったようです。

瀬名:確かに、この発見はすごい。読んでいてぞくぞくしました。そして、獣医師と出会ったことで、猫のAIMがIgMから外れにくいことに気付くというわけですね。

宮崎:はい。その3年ほど前に、たまたま研究室にあった抗体で猫や犬の血液を調べたところ、猫は反応がない。当初は猫にAIMはないのだと思っていたのですが、獣医師さんから「猫というのはほとんどが腎臓病になる」という話を聞いて、AIMで全部説明できるなと思いました。猫の腎臓病でみんなが困っているのなら、AIMを足してやればいいんじゃないかなと思ったのが、猫の腎臓病薬開発のスタート地点です。本当に偶然の重なりで、タイミングがよかったとしか言いようがありません。

瀬名:実際にAIMを猫に投与すると劇的な効果があったわけですよね。

宮崎:最初に被験猫に選ばれたのが、なんと腎不全で余命1週間と宣告された子でした。

瀬名:本の最初に出てくるキジちゃんですね。

宮崎:そうです。内心これは無理だろうと思いながら、獣医師の先生にAIMを打っていただいたのですが、4~5日後に「キジちゃん、治りました」という連絡が入りました。驚いて「そんなことないでしょう。ぐったりして死にかけてたじゃないですか」と言うと、「いえ、もう元気になって、その辺を歩き回ってます」と獣医師の先生はおっしゃいます。
 血液のデータを送ってもらって確かめると、腎機能を示すクレアチニン値は(AIM投与前と)ほとんど変わっていません。ビデオで元気に歩き回っている姿を目にしても信じられませんでした。

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