2021年11月30日12時00分
反田恭平さんが第2位、小林愛実さんが第4位と日本勢が活躍した第18回ショパン国際ピアノコンクールを制したのは中国系カナダ人のブルース・リウさん(24)。そのリウさんが優勝後、最初の海外公演となったのが日本だ。日本人にとってリウさんは、2016年にあった仙台国際音楽コンクールのピアノ部門で第4位入賞を果たしたこともあっておなじみの存在。リウさんは今回の来日を機に、日本のメディアによる取材に応えてくれた。(時事ドットコム編集部 宗林孝)
ショパンの書簡や書物を読みあさった
―受賞後、初の海外公演が日本で行われることになりました。
パンデミックの影響もあってアジアに戻ってくるのは本当に久しぶりで、故郷に帰ってきたような気がしていて、大変うれしく思っています。
―コロナ禍によりコンクールは1年延期されました。この1年間、どのようにモチベーションを保ちましたか。
正直なところ準備ができていなかったので、1年間延期というのは実はほっとしたところがありました。もし延期されていなければ優勝できなかったかもしれません。ただ、1年間という長い延期なので、その間ショパン音楽のみずみずしさを保つことは自分にとっては厳しいかなと思ったので、しばらくショパンから離れている時間をつくり、なるべくほかの作曲家の作品を中心に練習するようにしていました。一方でショパンに関する書簡とか書物を読みあさり、自分の中のショパン像を熟成させました。
―ファーストからファイナルまで最も印象に残ったステージは。
どのステージでも落ちるのではないかという恐怖と闘っていましたが、ファーストラウンドが一番緊張しました。時間も限られていますし、自分のピアニストとしての個性をうまく表現する時間がなかったという感じでした。しかし、だんだんステージ慣れをしてきたというか、リラックスしてきまして、一番印象深かったのが第3ラウンド、やはりバリエーション(「ドン・ジョヴァンニ」の“お手をどうぞ”による変奏曲 変ロ短調 作品2)、これが本当に雲の上に乗ったかのような演奏ができました。そういった気持ちになれることはなかなかないんですが、そういう経験ができました。
―ピアノはなぜ(イタリア製の)ファツィオリを選んだのでしょうか。
私がファツィオリを選んだというか、音楽が選んだという感じです。自分としてはイメージしている音、出したい音というのがあって、それに一番マッチしているのがファツィオリのピアノだった。非常にノーブルで魅力的なサウンドなんです。ただコンクールでファツィオリを弾いたことがなかったので、普段はコンサートでもリサイタルでもヤマハなどを使うことが多いのですが、ファツィオリは初めてでやはりリスクはありました。アクションをコントロールするのがちょっと難しいのですが、やはり慣れていることばかりしていたのでは成長はないと思っているので、わざとリスクを冒して挑戦して、自分をさらなる段階へと追い立てたようなところがあります。
―コンクールで同世代の演奏家と交流したことで印象的だったことは。
同じ夢を持ち、同じようなレベルの人たちと一緒に時間を過ごすことはほとんどないので、ありがたい経験をさせていただきました。コロナで人と接することができなかったので、一層、みんなと楽しく過ごすことができ、友情を深めることができたと思います。
恩師ダン・タイ・ソンさんとの関係性
―すべての演奏がYouTubeで配信されましたが、これは出場者だけではなく、審査員自体もより厳しく見られるということになると思いますが、お考えをお聞かせください。
YouTubeで自分の演奏が流れることはあまり意識しなかったですね。私自身は演奏を聴く、見るよりも、YouTubeのサイトに掲載されているコメントを読むのがとても楽しかったんですね。特に私のことを「ブルース・リー」と書いているコメントは笑えました。審査員の方々にとっては、ショパンを熟知し、愛し、ポリシーを持っている方たちが見ているのはすごく大変なことだったと思います。ホールとYouTubeで流れる音は全然違うのも難しくさせていたと思います。ただ、広く配信していただいたおかげで、ショパンコンクールだけではなく、クラシック音楽に対する関心が高められたのではないかと思います。記録的意味もあり、とても良かったと思います。
―1980年の優勝者で今回、審査員も務めたダン・タイ・ソン先生からはいつごろからレッスンを受けていますか。ショパンについてどんな指導をされましたか。優勝についてどんな言葉をかけられましたか。
ダン・タイ・ソン先生には4、5年前から教えていただいています。ショパン演奏家として本当に有名な方なんでが、レッスンではショパン以外の作曲家を取り上げて、ショパンは全く演奏しなかったんですね。ロシア、フランス、そしてベートーベンをはじめとする古典派の作曲家たちを中心にやっていました。私自身、なんでも弾くピアニストなので、ショパンを特に意識していなかった。もちろんいずれはコンクールに出て優勝したいという夢は持っていたんですが、実際、コンクールの準備を始めたのは当初コンクールが予定されていた2020年の1年前なんです。
ダン・タイ・ソン先生は柔軟な方で、ショパンに限らずいろんな作曲家の弾き方をマスターされているピアニストであり先生です。よく先生と私のショパンの弾き方が似ていると言われますが、全く違います。先生は自分とは全く違う、生徒自身の良さを引き出すのがたくみなんです。自分の教え方、自分のショパン像、自分の個性を一切押し付けない。ショパンの正しい弾き方というのはありませんが、年齢とともにどんどん変わっていくものではあると思います。演奏というものは音楽の知識だけではなく人生、人となりを反映する鏡です。ですから音楽だけでなく、くだらないことも含めていろんなことを先生と話しました。だから先生というよりも友人、家族の一員として接しました。
コンクール後はとにかく忙しくて先生とじっくり話をすることもできない状況です。12月にちょっと一息付いたら先生とじっくりコンクールについて話し合えるかなと思っています。
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