2021年11月23日12時00分
音楽評論家・道下京子
第18回ショパン国際ピアノコンクール出場者にインタビューするシリーズ、今回は角野隼斗さんが登場。東京大大学院修了という異色の経歴よりも、今はむしろYouTuber・Cateen(かてぃん)としての活躍で知られる。残念ながら本選には進めなかったが、コンクールで受けた刺激を糧にさらに前に進もうとしている。(インタビューは10月29日、オンラインで実施)
コンチェルトを弾きたかった
―コンクール後はどのように過ごしていましたか。
ファイナルを1日だけ聴き、パリへ行きました。ジャン・マルク・ルイサダ先生にお礼を申し上げて、その後にヨーロッパを旅していました。バルセロナとロンドン、今はパリに帰ってきて、今日、日本に戻ります。
―なぜ、ショパン・コンクールへ参加されたのですか。
結局、ショパンが好きだからということに尽きると思います。2019年頃に受けることを決めました。
―演奏を終えての感想をお聞かせください。
ラウンドを経るごとに、自分の中の変な力が抜け、自然に表現できるようになったような気がします。いろんな迷いなどもあり、予備予選の頃はとても緊張していました。でも、そのような無駄な緊張はどんどん消え、音楽と自分だけがそこにあるという気持ちになれたのは、第3次予選です。第2次予選も楽しめました。
―今回の結果をどのように考えていますか。
もともと自分がこのコンクールに参加するにあたって、クラシック・ピアニストとしてのキャリアを得たい・・・という一般的な目標とは少し自分が違う場所にいるような気がしました。
世の中にどういう影響があるのかと考えた時、自分が参加したことでこのコンクールに注目する人は増えたと思うし、もちろんそのために自分が出ていたわけではないですが、結果論としては自分がYouTubeなどで積み重ねてきたものを、窓口を増やすことに生かせたことはきっと良いことだったのだろうと信じています。
その中で、自分ができること、やれるべきことはしっかりとやりたいとの思いもあります。クラシック音楽のコンサート・ピアニストにとどまらず、新しいことに挑戦していきたい気持ちをずっと抱いています。
もちろんコンチェルトは弾きたかった。でも弾けなかった結果を、今はポジティブに捉えられています。1週間くらい前までは落ち込んでいました。その後、自分の今後の道を見つけるためにいろんなミュージシャンと会いました。自分がやりたいのは、クラシック音楽を土台として、周辺のジャンルを巻き込み、自分の音楽を作っていくこと。そういうことなのだと改めて気付きました。
日本人では二人が入賞しました。それは、本当にすごいことです。彼らが、クラシック音楽・・・ショパンを伝えていく役割を十分に担ってくださると思います。彼らが今後活躍していくであろうことは、僕も頑張らなくてはと勇気を貰えます。ショパン・コンクールで得たものを糧として、次のステップへ進みたいと思っています。
恩師との思い出詰まったソナタ
―あるコンクールで、中学生の角野さんがショパンの《ピアノ・ソナタ第2番「葬送」》を弾いているのを聴き、その鮮やかな演奏に心を揺さぶられました。初めてこのソナタを演奏したのはいつ頃ですか。
そのコンクールの時なので、中学3年生です。でも、その時に弾いたのは、第1楽章と第4楽章だけ。15歳前後に第3楽章を弾いたと思います。
―第3次予選の課題曲となったショパンのピアノ・ソナタは、第2番と第3番でした。角野さんは第2番を選曲されましたね。
ずっと弾いていた曲だということと、それゆえに僕にとって大事な曲なのです。金子勝子先生とずっと取り組んできた曲でもあります。
金子先生はよく、「私の葬式では『葬送』を弾いてね」とよくおっしゃるのですが、僕は「まだ、お元気ですから…」と。「忙しいから私の葬式で弾いてくれないんじゃないの?」というようなやり取りをしていました。
僕の中では、このソナタの第3楽章、特に中間部に今までの長い思い出が詰まっているのです。金子先生も第3次予選をホールで聴いてくださいました。「葬送」を捧ぐというのは変ですが、先生に捧ぐような気持ちで演奏しました。
―私はオンラインで聴いていました。第2楽章(「スケルツォ」)が特に印象的でした。多くの人はこの楽章をとても重苦しく弾くのですが、角野さんの演奏には軽やかなスケルツォの性格も表現されていました。
第2楽章について、ルイサダ先生は、「スケルツォは、ショパンのダンス・マキャブル(死の舞踏)だ」とおっしゃいました。あれは、骸骨が踊っているようなイメージです。だから重くはないし、「葬送」という重いテーマのソナタのなかではスケルツォ(楽章)だから、僕はスケルツォっぽく弾きたいと考えていました。
―コンクールで、気になった参加者はいますか。
僕はリアルタイムで他の人の演奏を聴く余裕があまりなく、生で演奏を聴けた人は限られるのですが、レオノーラ・アルメリーニの弾く協奏曲は、自由に歌ってらしてとても素敵でした。彼女の演奏を聴いて、すぐにでもイタリアへ行きたいと思ったほどです。これほどまでに明るくて自然で・・・心の奥底から歌い上げている音楽であることが伝わってきました。マルティン・ガルシア・ガルシアもそうです。でも、彼の演奏はホールでは聴けなかったので、YouTubeを聴く限りでの感想ですが・・反田恭平くんの予備予選と第2次予選、それからファイナルをホールで聴くことが出来ました。特に第2次予選の演奏は感動しました。あと、エヴァ・ゲヴォルギャンさん・・すごいですよね。
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