2021年11月09日12時00分
音楽評論家・道下京子
10月にワルシャワで開催された第18回ショパン国際ピアノコンクールで、ピアニストの反田恭平さんは、日本人では51年ぶりとなる第2位を受賞した。筆者は、反田さんが高校3年生で参加した日本音楽コンクールの第3次予選以来、彼の演奏を聴いてきた。コンクール終了後も多忙な日々を送る彼に、10月27日に話を聴いた。
コンクールを意識し始めたのは6年前
―ショパン国際ピアノコンクール第2位受賞、おめでとうございます。今はどちらにいらっしゃるのですか?
ウィーンです。一昨日パリへ行き、昨日ウィーンに到着しました。
―ウィーンへいらっしゃる目的は?
ウィーンで湯浅勇治先生に指揮のレッスンをしていただくため、マンションを探すなどしています。指揮者のキリル・ペトレンコさんも、湯浅先生のレッスンを受けていたのです。
1年ほどかけて湯浅先生に門下入りを認めていただきました。「お前をフルトヴェングラーのように…目指すところまで俺が全部教えてやる」と言っていただきました。これから何年間か、拠点の地はウィーンになるかもしれません。ただ、ショパン国立音楽大学で続けて勉強しますので、行ったり来たりすることになると思います。
―今よりもさらにお忙しくなりますね。
世界が変わってしまいました。でも、意外と客観的で冷静なところもありますので、自分で自分を守りながら、勉強する時間を確保しながら、この賞に恥じない音楽家になりたいと思っています。
―4年前からポーランドのショパン国立音楽大学研究科に在籍していますね。2019年、日本のあるコンサートのアンコールで演奏されたショパン《小犬のワルツ》を聴き、留学前の反田さんの演奏から大きく変化した印象を受けました。今年8月にサントリーホールで演奏されたショパンのマズルカも、聴いているうちに目頭が熱くなりました。
正直に言いますと、ショパンは好きですが、弾き方があまりわからない…と言いますか、この世の中にはショパンの音源はたくさんあります。正しいショパンの弾き方はあってないようなものです。ただ、マズルカ、ポロネーズといった民族的な音楽は、ポーランド人の先生から習うべきと考えました。
コンクールを意識し始めたのは6年前…2015年からでした。4年前に留学の地をここワルシャワに移してからは、コンクールに出ることを前提とし、曲目を決めて勉強する時間が僕には必要でした。姿勢ひとつしかり、音楽に対する見方、真摯な取り組み方に加え、ショパンについてもっと深く知りたいと思い彼の手紙を読むなど…ショパンに堅実に歩み寄るためには、僕にとってはこの6年はとても大事な時間でした。
確かに、2017年ごろからショパンを弾くうえでのスタイルを変え始めました。4年を経て、現地で「最もショパニスト」というコメントをいただけたことは、頑張って本当に良かったと思います。
夢だった《ピアノ協奏曲第1番》
―ショパン・コンクールで《ピアノ協奏曲第1番》を弾くのが夢だったそうですね。「世界で一番好きな曲」だとか?
そうです。12歳の頃、ショパン・コンクールのドキュメンタリーを初めて観ました。関本(昌平)さんや山本(貴志)さんが入賞した回です。僕は当時、(サッカー)ワールドカップの選手になりたかったのですが、クラシック音楽界にもワールドカップのようなステージがあることをそのドキュメンタリーで知りました。コンサートではなく、ショパン・コンクールのファイナルでショパンの《ピアノ協奏曲第1番》を弾くことが、その時からの僕の夢でした。
年齢を重ねるごとに、その小さな夢はだんだん大きくなっていきました。ただ、すでにデビューしていましたし、周りの人からも「出る必要はない」と言われました。それでも、小さな頃からの夢を追い続けたい…周りから何を言われても、自分の信念を大切にしたかったのです。
僕はオペラも交響曲も大好きだけれど、この世に存在するすべての作品のなかで、一番好きなのがショパンの《ピアノ協奏曲第1番》。ましてや、コンクールでファイナルでの課題曲のひとつが、幸いにも「世界で一番好きな曲」だった。ファイナルでの40分間は、僕にとっては夢が叶い続けた最高に幸せな瞬間でした。
―そのファイナルのステージ。オーケストラとのリスポンスにとても余裕を感じ、スリリングなところを楽しんでいるのがよく伝わってきました。
ソロよりも、コンチェルト(協奏曲)の方が数倍自信がありました。
5月に弦楽器のみの編成ではありましたが、弾き振りする(=ピアノを弾きながら指揮をする)機会がありました。あの時、1回でも演奏できたことは、僕にとっては大きな財産になりました。スコア(オーケストラの楽譜)のすべての楽器のパートも暗記していたので、10月まではソロをメインで練習し、ファイナルが決まったらスコアを思い出せば良いと。それくらい《ピアノ協奏曲第1番》は自分の身体に染み込んでいました。だからファイナルは、ほどよい緊張感2割、そして8割は楽しむことができました。
ショパンの《ピアノ協奏曲第1番》のキーポイントは、ファゴットとホルンで、まずはこの二つを抑えることでした。例えば、ファゴットやホルンは息を出した瞬間に音が出るわけではないので、そのタイミングと、彼らの気持ちになって演奏することがファイナルでの心意気でした。
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