日本にあふれる「無意味な労働」、生産性が低いのはこれのせいだ【江上剛コラム】

2021年11月21日08時00分

作家・江上 剛

 岸田文雄氏が念願の首相に就任した。岸田氏は、自民党総裁選で、新自由主義から決別し、新しい日本型資本主義を築くと公約した。

 これは従来の金融緩和、財政政策、成長戦略を堅持しつつも、経済政策アベノミクスから「成長と分配の好循環」へ修正を目指すことだと思われる。

 岸田氏は、「成長なくして分配なし」ではあるものの、「分配なくして次の成長なし」であると言う。これは、新自由主義経済は「富める者と富まざる者との分断」を生みだしたとの反省に立つ考えだ。

 ◆1人世帯の半数は貧困

 実際、日本の格差の現状は最悪である。世界3位の経済大国でありながら、2015年データでは貧困率15.6%である。

 7人に1人が貧困である。1人世帯の貧困率50.8%で半数が貧困。男性単身世帯の貧困率36.4%、女性単身世帯の貧困率はなんと56.2%である。

 日本国民の可処分所得は、この20年間ほど低下し続け、15年では245万円である。経済協力開発機構(OECD)41カ国中8番目に所得格差が大きいという状況に陥った。

 日本の貧困は、絶対的貧困(1日1.90ドル以下で生存が脅かされる生活水準)ではなく、相対的貧困(世帯の所得が、当該国の所得中央値以下)である。

 絶対的貧困は、当然のことながら、生きることに必死にならざるを得ないが、相対的貧困は「見えざる貧困」であり、周囲は豊かで幸せそうなのに、どうして自分だけが貧しいのかと、精神的にも追い詰められ、苦しむことになる。

 岸田氏は、30年ぶりに宏池会出身の首相ということで、同じく宏池会の池田勇人首相が1960年に打ち出した「所得倍増計画」の夢の再来を構想しているのかもしれない。

 ところで企業は、今日までずっと生産性を引き上げることに注力してきた。生産性向上=成長であり、その結果の果実を労働者に分配する「トリクルダウン」を目指してきた。まさに「成長なくして分配なし」である。

 労働生産性は分母に「労働投入量(労働者数×労働時間)」、分子に「GDP(国内総生産)」で計算される。GDPが増加するか、労働投入量が減少すれば、労働生産性はアップする。

 GDPを増加させるには、イノベーションが活発化したり、経済政策が成功したりしないとなかなか難しい。

 そうなると、個々の企業とすれば、労働投入量を減少させる方が手っ取り早い。そのため、人員や労働時間、残業時間をカットし、工場のロボット化などにより、人員削減が図られることになる。

 ◆くだらない書類作り

 日本の労働生産性は低いと言われる。日本生産性本部によると、日本の労働生産性は19年度、主要7カ国(G7)で最低だった。

 日本は47.9ドルだが、米国は77ドル。6割にとどまっている。統計をさかのぼれる1970年以降、日本はG7最下位が続いている。

 本当だろうか。どうも私の実感に合わない。日本は中小企業が多いことが、労働生産性の低さの原因だと言われるが、世界に冠たるモノづくり国家を標榜(ひょうぼう)していたにもかかわらず、ずっと労働生産性が低いと言われ続けるのは納得がいかない。

 これは、ホワイトカラーの生産性が低いからではないのか。ホワイトカラー、すなわちオフィスワーカーの生産性が低いのだと思う。

 私は、銀行に勤務していたが、本部勤務の際、くだらない書類作りに追われていたのを覚えている。役員が書類を読みやすいように、主要な指標を黒いサインペンで囲むのだが、そのインクがにじみ、せっかく作成した書類を破棄した思い出がある。

 書類をまとめるホチキスの止め方にも注意を払ったものだ。斜めに止めるか、縦に止めるか、役員ごとに好みがあるからだ。バカバカしいと思いながらも、真夜中まで残業して書類作成に励んでいた。

 営業活動でも、やたらと無駄な電話をし、見込み客を見つけ、その家(会社)に何度も訪問する。名刺100枚置いて初めて商談にかかることができると教えられたものだ。

 顧客データの分析などそっちのけでひたすら体力勝負、ひたすら訪問回数を上げることのみを頑張っていた。

 こんなことをしていて労働生産性が上がるわけがない。工場勤務の人に申し訳ない。

 ◆なぜ賃金は上がらない?

 興味深いデータがある。日本も同様だが、労働生産性が上がっても、労働者の賃金は上がっていないのだ。

 ではなんのため、誰のために労働生産性を上げようとしているのか。

 それは一握りの経営トップ、株主などのためである。

 「1970年代に、生産性の上昇と報酬の上昇は分岐していく。つまり、報酬はおおよそ平行線をたどっているのに対し、生産性は飛躍的に上昇しているのである」(「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」)と、著者のデヴィット・グレーバーは指摘し、生産性上昇から得られた利益は、1%の最富裕層、すなわち投資家、企業幹部に流れたという。

 そしてグレーバーがもう一つ、興味深い指摘をするのが「生産性上昇による利益のかなりの部分がまた、まったく新しい基本的に無意味な専門的管理者の地位、(中略)ーーたいてい同じく無意味な事務職員の一群がともなっているーーをつくりだすために投入されているのである」(同書)ということだ。

 すなわち工場で労働生産性を引き上げても、私が銀行の本部で働いていたような無意味な作業に、その利益が投入され、私は、そのお陰で高給(?)を食(は)んでいたのだ。

 グレーバーは、私たちの労働現場には無意味、無駄な労働(ブルシット・ジョブ)があふれているという。

 ブルシットとは牛のふんの意味だ。牛のふんを乾かして燃料にする国もあるから、あながち全く役に立たないとは言えないのだが、そんな余計なことはさておき、確かにブルシット・ジョブが多い。

 これがホワイトカラーの生産性を下げ、全体の労働生産性をも下げているのだろう。

 そのためだろうか、米国のギャラップ社によると、日本の会社員はたった6%しか仕事に熱意を持っていない(2017年発表)という驚きのデータを公表した。

 米国は31%だから、その差は大きい。同社が調査した139カ国中、132位と最下位に近い。日本の会社員は、毎日、「面白くないなぁ」「つまらないなぁ」と思いつつ、仕事をしているふりをしているということだろうか。

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