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大使が紹介 日本人が知らないオーストラリア

駐オーストラリア大使 山上信吾

 だいぶ前になるが、日本のトラベルエージェントの方から、こんな話を聞かされた覚えがある。

 「ハワイにはリピーターがたくさんいるのに、オーストラリアは少ないんです」

 昨年末にキャンベラ着任以降、オーストラリア各地を回るようにしているが、ゴールドコーストでも同じような話を聞いた。

 「ゴールドコーストのリゾートマンション、ゴルフ場、マリーナは日本の資本無くしてできなかった。でも、バブルがはじけてから、ワイキキビーチには行くのに、ここに来る日本人はめっきり減ってしまった」

 ここで分かったような顔をして何となくうなずいてはいけない。私を含め、大抵の日本人の悪い癖である。というのも、ことの実態とオーストラリアの魅力が分かっていないからである。

 オーストラリアは日本と同じように、宣伝が決して上手ではない国。ブルース・ミラー元駐日大使は、日豪両国を称して「発言が控えめな国」と呼んだ。至言だ。

 では、実態と魅力とは何なのか? そのあたりをオーストラリアの友人に代わって説明させていただきたい。

「食はオーストラリアにあり」

 北米や欧州での勤務を重ねてきた私からみて、掛け値なくオーストラリアの食生活の質は高い。なぜか? 大きな要因が二つあるとみている。

 一つは素材の質の高さだ。農業大国だけあって、牛肉、羊肉、小麦、野菜、フルーツ、乳製品等、その品ぞろえの豊富さと質には本当に感心する。四囲を海で囲まれる巨大な島国だけに、東京五輪競泳で金メダルを取りまくっただけではない。サーモン、ロブスター、バラマンディ等の水産物の宝庫でもある。海の話が出たついでに少し脱線するが、真珠貝がつないだオーストラリアと日本との絆は、司馬遼太郎の「木曜島の夜会」が雄弁に語ってくれている。

 二つ目は、多文化主義(マルチカルチュアリズム)から来るエスニック料理の強みである。移民の国である上に移民の歴史も比較的浅く、米国等と違って一世、二世が多い。そのため、イタリア、ギリシャ、中華、ベトナムといった料理が本場の味を保っているとの説は、説得力がある。インド太平洋地域との関係で言えば、域内のオーストラリアでは食材の調達や料理人の往来が容易であるとの側面も預かって力あるだろう。

 和食の質も、総じて高い。ビジネス接待用の高級店だけでなく、競争の激しい日本に出していてもおかしくないようなシドニーのそば屋やキャンベラのラーメン屋に入ると、納得していただけるだろう。

 グレードの高い各種料理を満喫するに当たって見落とせないのは、オーストラリアワインの種類の豊富さと質の高さだ。実は、日本市場に出ている品はごく一部。残念ながら、オーストラリア人自慢のブランド品は、あまり日本に届いていない。しかも安い。お手頃品に事欠かない。少しグレードアップしたいと思えば、20~30オーストラリアドル(1600~2400円)も出せば、かなりの品が楽しめる。

豊穣の陽光

 第二のお薦めは、気候である。友人の西郷輝彦さんががん治療のためにシドニーに到着した際の第一印象でもあるが、空が高く青い。日本では、オーストラリアの天気でニュースの話題になるのは山火事や豪雨。暮らしてみると、何と晴れの日が多いことか。

 ロンドンの湿って陰鬱(いんうつ)な灰色の冬に消沈した英国人が陽光きらめく赤土のオーストラリアに引かれた気持ちがよく分かる気がする。

 空が青いと、海も輝く。

 オーストラリア空軍を退役した知人の海沿いの家に招かれたことがある。誰もいない白い砂浜。高く隆起しては勢いよく音をたてて白く砕け散る波。湘南や房総ではお目にかかることができない情景だ。そんな場所で毎日泳ぎ、サーフィンを楽しむという。霞が関の役所のガンメタ色のキャビネに囲まれていた身には、目を疑うようなぜいたくだった。これがオーストラリアか、と感じ入った。

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