携帯電話の普及拡大に伴い、街角でその姿を見る機会が少なくなった公衆電話。多くの国で設置台数は減少傾向にある。そんな中、オーストラリアの大手通信会社が公衆電話の利用を無料にすると発表した。「今さら無料化しても、利用する人はいるの?」と疑問に思う人も多いだろう。同社は「公衆電話は社会の重要なライフライン」と強調し、災害時はもちろん、貧困などに直面する社会的弱者への支援を念頭に置く。ポケットに入る携帯電話は便利だが、紛失や充電切れの心配もある。いつでも誰でも無料で使える公衆電話は、本当に助けが必要な人の背中をそっと支える存在になるのかもしれない。(時事通信 高橋裕幸)
1万5000台が通話無料に
公衆電話は屋外での重要な通信手段として、日本をはじめ豪州、イタリア、英国など各国で国民生活に不可欠な「ユニバーサルサービス」の一つと位置付けられ、携帯電話を含む通信利用者から広く負担金を徴収し、赤字分を補填(ほてん)する仕組みになっている。しかし、携帯電話の普及に伴い、世界的に見ても公衆電話の利用は急速に減少しており、さらに採算が悪化。フランスでは15年に同サービスの対象から除外する制度改正を行っている。
このような背景の中、豪通信大手テルストラは8月、国内にある約1万5000カ所の公衆電話からの固定電話や携帯電話への通話を無料にすると発表した。通話1件当たり最大6時間と上限が設けられているが、国際電話以外は無料だ。ネットでは「素晴らしい決断」「支援が必要な人々の助けになる」などの好意的なコメントがあふれ、同社は発表から1週間で使用量が2倍に拡大したことを明らかにした。
同社のアンドリュー・ペン最高経営責任者(CEO)はメールでのインタビューに応じ、今回の決断について「スマートフォン時代になっても、公衆電話は地域社会で重要な役割を果たしている『ライフライン』であり、だからこそ無料にすべきだと考えた」と説明する。
一部の豪メディアは、無料化による減収額は約500万豪ドル(約4億円)と報道。一方で硬貨の回収作業が削減されるなど減収分以上に維持管理コストが抑えられることで、採算は改善するとみられる。ただ、公衆電話事業の規模から見ると改善幅はわずかで、ペン氏は「無料化は収益面の効果を狙ったのではなく、豪国民、社会的弱者のためだ」と語る。
テルストラの公衆電話はユニバーサルサービスの対象として赤字分が補填されるが、それとは別に、同社は政府との間で公衆電話維持に年間4000万豪ドル(約32億円)が20年間支払われる契約を結んでいる。テルストラは元国営だが、民間企業となった今も政府とのつながりは強い。政府による財政的な後ろ盾を得て無料化の判断に至ったのではないかと質問すると、ペン氏は「あくまで国民の利益のために決断した」と強調した。
山火事、DV被害…非常時のライフラインとして再認識
豪州では、1880年代後半に公衆電話が登場。外出時の便利な通信手段として年々設置台数を増やし、2001年には約3万6000台に達した。しかし、20年には1万5000台とピークの4割程度まで落ち込んだ。同国でも見慣れた街の景色から公衆電話の姿が徐々に消えているのが現状だ。
その一方、重要性が再認識される機会も増えている。豪州はここ数年、大規模な山火事に悩まされてきた。特に19年から20年にかけて起きた森林火災では、東部ニューサウスウェールズ州で州面積の6.2%に相当する土地が焼失、2400軒以上の住宅が全壊した。押し寄せる火の粉から身を守りながら、人々が頼りにした通信網の一つが公衆電話だった。携帯電話のネットワークは、火災で基地局などのインフラが破壊され遮断されることが多いためだ。無料化の決断には、「山火事やサイクロンなどの自然災害で携帯電話網が使えなくなったとき、家族や友人に無事を伝えるために、小銭を用意して公衆電話を利用する人たちの列を見た」という、ペン氏自身の体験も背景にある。
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