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【地球コラム】「米国は台湾を見捨てる」

中国メディア、コロナ起源調査、中国側が政治化

 米国家情報長官室は8月27日、新型コロナウイルスの起源に関する新たな調査結果の概要を公表し、中国湖北省武漢市のウイルス研究所から偶発的に流出した可能性にも、ウイルスに感染した動物が起源となった可能性にも触れたものの、感染の初期段階における臨床サンプルや疫学データが不足しているため、明確な結論は出なかったと報告した。また、ウイルスは生物兵器として開発されたものではなく、中国当局者もウイルスの発生を事前に察知していなかったと分析した。

 中国側は米国が武漢市のウイルス研究所から流出したという結論を調査結果として公表すると予測していたため、外務省報道官は8月下旬に連日のように記者会見で米国による「コロナ起源調査の政治化」を非難し、人民日報もそれを毎日のように掲載した。中国側が特に強調していたのは、中国の研究所を疑うなら、米国はまず自国の研究施設への立ち入り調査を受け入れるべきだという、ある意味自己矛盾した主張である。

 実際のところ、世界保健機関(WHO)の緊急事態対応を統括するマイク・ライアン氏は25日に、中国が研究所流出説を強く否定しながら、米国の研究施設の調査を求めるのは「矛盾」であると指摘した(日本ではほとんど報道されず)。中国外務省の汪文斌副報道局長は26日の記者会見でそれに反論し、米国が武漢市の研究所から流出した説に固執しているからこそ、中国が米国の研究施設の調査を求めていると中国側の主張の正当性を強調した。米国の調査は結論ありきと予想していたことがうかがえる。

 ところが、中国側の予想はすっかり外れた。米国の調査は証拠に基づいて行われ、明確な結論を得るには中国側の協力が必要だと指摘し、国際的な調査を妨害し、情報の共有を拒む中国政府の対応を批判したものの、研究所流出説に固執するような姿勢は見られなかった。

 これによって、米国がコロナ対策の失敗の責任を中国になすりつけるために証拠をでっちあげて研究所流出の結論を出すという「コロナ起源調査の政治化」の主張は一気に説得力を失った。むしろ中国側が米国の研究施設の調査に固執し、ネット上で2500万人分の署名を集めてWHOに圧力をかけようとしたこと(汪氏も26日に言及)が、「起源調査の政治化」と言うべきであろう。

 人民日報は29日に馬朝旭外務次官の談話を掲載し、米国の調査報告について、「徹頭徹尾の政治報告、虚偽報告であり、科学性と信頼性が全くない」と批判した。しかし、談話は調査報告の具体的な内容にほとんど触れておらず、米国側が指摘した起源調査における中国政府の「不透明で非協力的」な姿勢だけを否定した。中国にとって有利な分析も含まれているため、それを具体的に取り上げるとかえって自分の首を絞めることになるというジレンマに陥ったと思われる。

 人民日報はそれでも29日から5日連続で社説を掲載し、改めて米国による「コロナ起源調査の政治化」を非難し、起源調査は科学と事実に基づいて公平公正に行わなければならないと強調したが、米国を非難するための具体的な素材が乏しいため、非常に空虚な主張が展開されているという印象を受ける。起源調査に対して7月下旬から8月上旬にかけて怒涛(どとう)のごとく繰り返した激しい反発と比べると、明らかに勢いが衰えたと感じる。

 環球時報は30日に社説を掲載し、米国の情報機関はバイデン大統領の命令を受けて中国に罪をなすりつけようとしたが、90日間の時間をかけて全力を尽くしてもその目的を達成できなかったと主張し、政治的起源調査における重大な失敗を喫したと結論付けた。しかし、これはまさに中国側が今まで反対してきた「有罪推定」であり、米国の調査に対して悪意を持って結論付けたことは中国による「起源調査の政治化」の印象を一層強めたと思われる。(2021年9月29日配信)

◇ ◇ ◇

徐行(じょ・こう) 北海道大学法学研究科准教授。1981年中国上海市生まれ。2010年北海道大学法学研究科博士後期課程単位取得退学(法学博士)。北海道大学法学研究科助教、講師、同アイヌ・先住民研究センター博士研究員、東京大学東洋文化研究所助教を経て現職。専門分野は比較法、司法制度、国民の政治参加。著書に『要説中国法』(共著、東京大学出版会)、訳書に『現代中国の法治と寛容』(共訳、成文堂)など。

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