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「ネコの宿命」腎臓病の治療法を開発 「猫が30歳まで生きる日」 東大大学院・宮崎徹教授インタビュー

人間にも応用 5年以内にヒト治験開始を目指す

 「ネコの宿命」とされる腎臓病の治療法を開発した東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センターの宮崎徹教授は、その手法をヒト(人間)にも応用し、日本で成人の8人に1人が患者とされる慢性腎臓病の治療に向けた研究を進めている。2019年度には国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)」にこの研究が採択され、5年以内にヒト用の腎臓病治療薬の治験を始めることを目指している。(2021年7月18日掲載)

 ―慢性腎臓病の患者は国内に1千万人以上、人工透析を受けている人も30万人以上います。ネコも人間も腎臓病になってしまったら、いずれは腎不全に至る「治らない病気」だと言われています。

 ネコも人間も腎臓病になる経過は変わりません。腎臓は血液の中の老廃物をろ過して尿として体外に排出する臓器ですが、特にネコの場合、多くはその尿の通り道の最初の部分がゴミで詰まってしまい、腎臓が徐々に壊れていくために腎臓病を発症します。壊れた腎臓の組織は再生しないので「治らない病気」なのです。

 ―先生が発見されたタンパク質「AIM」は、そのゴミを排除する働きがあるということでしたが。

 実際にゴミを排除するのは、細菌をはじめとした体内のさまざまな異物を食べる免疫細胞の一種「貪食細胞」です。マクロファージがその代表ですね。AIMは、細胞の破片など腎臓を傷つけるゴミにラベルのように張り付いて、貪食細胞に「ここにゴミがあるぞ」と知らせる役割を持っています。

 子供の頃、お母さんに部屋の掃除をされた時のことを想像してください。部屋に入ったお母さんに、ごみだけを捨ててもらい、大事な物を捨てられないようにするにはどうすればよいか…。捨ててほしい物に「これを捨ててください」とラベルを張っておけばよいのです。お母さんは効率良く掃除ができて、子供としても大切な物を捨てられずに済みます。それと同じような仕組みで、AIMの働きによって腎臓の中のゴミだけが効率的に掃除されれば、腎臓病の進行を止めることができます。

 ―「ネコのAIMが機能していない」のは、ゴミに張り付くことができないからなのですね。でも、人間は誰もが機能するAIMを持っているはずなのに、病気になる人とならない人がいます。

 実は、AIMの量が人によって異なっているのです。ある病院の協力で、健康な約1万人の血中濃度を調べたところ、若い女性のAIMはとても多く、男女とも加齢に応じてAIMが減っていくことが分かりました。

 ―AIMが少ない人はゴミ掃除の能力が低く、腎臓病になってしまうと進行が速くなるというのは分かります。

 事故による大量出血などで、腎臓への血液の流れが大幅に低下した場合、腎臓の細胞が一気に壊れて急性腎障害を発症することがあります。

 ―血流の滞りで死んでしまった細胞の破片が大量のゴミになって尿の通り道を一斉にふさいでしまうわけですね。

 ところが、同じ程度の急性腎障害を起こしても、そこから回復する人と回復できずに亡くなってしまう人がいます。どんな理由で生死が分かれるのかは謎でした。

 ―AIMの多い人は助かり、少ないと助からないと考えると合理的です。

 はい。あるいは人並みにAIMを持っていても、自分のAIMの量では対応できないくらい大量のゴミが詰まってしまった場合ですね。いずれの場合も足りない分のAIMを補充してあげればいいということになります。そうした研究を進めて、AIMによる腎臓病治療の道を開きたいと考えています。

 ―AIMが体内のゴミ掃除を促進するというのは、他の病気でもあるのでしょうか。

 肥満や脂肪肝、肝臓がん、あるいは腹膜炎など、AIMが同様の働きをする病気があります。そうした、AIMによって発症や悪化が抑えられている病気、逆に言うと、ゴミを掃除するAIMを増やすことによって治療や予防が可能な病気の種類が、現在の研究によって大きく広がっています。

 ―ゴミ掃除の方法は、腎臓病と同じなのですか。

 ゴミの種類やたまる場所によって、掃除の方法は変わります。肥満や脂肪肝の場合、脂肪細胞の中に過剰にたまった脂肪がゴミで、AIMはそれを分解して細胞の外に排出するように作用します。肝臓がんはがん細胞がゴミで、AIMは免疫作用のある「補体」というタンパク質を活性化してがん細胞を殺し、その死骸を貪食細胞に食べさせて掃除します。

 ―「ゴミ掃除」というメカニズムに関係したAIMが、複数の病気の治療に効果を発揮するのは驚くべきことです。

 これまでの医学では「一薬剤一疾病」、ひとつの薬剤は1種類の病気にしか効かないのが常識でした。

 ―AIMはその常識を覆すわけですね。

 私も医学研究者ですから、最初は信じられませんでした。今もまだ国内にはAIMの効果を信じてくれない方もいます。

 ―LEAPに採択されたということは、AMEDはAIMの実用化に強い期待を持っているということになります。

 LEAPに採択された時は、自分でも驚きました。ネコの腎臓病薬を自力で開発し、治験直前までこぎ着けた実績も評価されたのだろうと思っています。

 ―ネコの腎臓病薬開発の経験は、人間のAIM薬の研究に役立っていますか。

 ネコは、腎臓病を自然発症し、長い時間をかけて悪くなり、最後は腎不全・尿毒症に陥ります。つまり、人間の腎臓病と同じ過程をすべて再現する「慢性腎臓病の唯一のモデル」と言えます。人間の慢性腎臓病は数十年かけて進行します。でも、人間に比べるとネコの成長・老化のスピードは速いので、人間なら数年かけないと取れない腎臓病のデータが、ネコなら数カ月で得ることができます。またAIMのようなタンパク質薬の開発では、治験薬を作るための条件の検討に時間とコストがかかります。

 しかし、ネコ薬でもヒト薬でも基本的に同じ条件で治験薬が作れますから、ネコ薬を開発した経験はヒト薬にそのまま生かせます。そのため現在、ヒト薬の研究はスムーズに進んでいますし、薬としてもさらに改良を施すことができています。腎臓病のヒト薬が実用化できれば、それはネコのおかげだと言っていいと思います。

 ―AIMの特徴として、他にはどんなことがありますか。

 薬剤として使っても副作用がないと考えられることです。

 ―理由を教えてください。

 AIMはもともと体内にあるものです。しかも、体外からAIMを注入したとしても、「ゴミ掃除」に使われなかったものは速やかに尿中に排出されますから、体内への不要な蓄積はありません。

 ―副作用の多くは、薬剤が体内に蓄積することで起きるといいます。使われなかった分がすぐ排出されるのは、ビタミンのようですね。

 ヒトでのAIMの効果の検証をさらに進め、一日も早く治験に取り組みたいと思っています。

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