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「ネコの宿命」腎臓病の治療法を開発 「猫が30歳まで生きる日」 東大大学院・宮崎徹教授インタビュー

寿命が2倍、最長30年にも

 ネコを飼った経験のある人の多くはご存じだろうが、ほとんどのイエネコは高齢になると腎臓病を発症する。そして、腎臓の機能は一度失われると回復せず、長く苦しむネコも少なくない。愛猫家の心を痛めるこの問題で、発症の原因を解明し、治療法を開発したのが東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センターの宮崎徹教授(59)だ。現在はネコ用の腎臓病治療薬を世に出すために奔走している。(2021年7月11日掲載)

 ―宮崎先生は獣医師ではなく、人間の病気を治すお医者さんなのに、なぜネコの腎臓病治療に取り組まれたのでしょう?

 私は30年ほど前、病院で患者さんを診療する臨床医から、病気の成り立ちや難病の治療法を解明する基礎研究者に転じました。1995年からのバーゼル免疫学研究所(スイス)在籍時に、人間の血液中に高い濃度で含まれているタンパク質を発見し、「AIM」と名付けました。

 ―「AIM」は何かの略語ですか?

 人間の体には、体内に侵入した細菌や異物を食べて病気にならないように守る免疫細胞「マクロファージ」が備わっています。「マクロファージを死ににくくする・元気にする」という意味の英語の頭文字を取りました。

 ―免疫細胞を活性化するということは、免疫に関係するタンパク質なのでしょうか?

 それが、最初のうちはAIMが体内でどんな働きをしているのか、さっぱり分かりませんでした。10年ほど研究を続け、動脈硬化の成り立ちに関係したり、脂肪細胞にたまっている脂肪を小さくしたりすることなどが判明しました。

 ―脂肪を小さくするのであれば、ダイエットに役立ちそうですね。

 はい。そのことで少し話題にはなったのですが、実はそれがAIMの本質ではありませんでした。

 ―その本質をどのように解明されたのでしょう?

 ある時ふと「人間以外の動物もAIMを持っているのだろうか」と考えて、イヌやネコの血液を調べてみると、ネコだけAIMを持っていませんでした。

 ―ネコだけですか。

 正確には「持っているけど、他の動物のように機能していない」ということです。

 ―ネコと他の動物を比較すればAIMの機能が分かるということですね。

 お恥ずかしい話、最初はそこに気付かず、「へえ、ネコにAIMはないんだ」と思っただけでした。

 ―いつ気付いたのですか?

 ある時、獣医師さんと話していて「ネコのほとんどは年を取ると腎臓病になる」ことを知り、ピンときました。

 ―そこがスタートになったわけですね。

 ただ、医学部にネコの患者さんは来ませんから、研究には日本中の獣医師さんに協力していただきました。

 ―先生は人間の病気を治すお医者さんだったのでは…。

 皆さん、そうおっしゃるのですが、私は病気の治療法を見つけるのが仕事なので、相手がネコでも人間でも自分にできることはしたいのです。それに今は「ワンヘルス」といって、人間も動物も同じように一体として病気を診よう・治そうという機運が高まっています。ネコで治療法を見つければ、それは人間の治療法につながるということです。

 ―AIMはどうやって腎臓病を治すのでしょう?

 腎臓で血液の中の老廃物をろ過して尿として体外に流していきますが、多くの腎臓病は、その尿の通り道の最初の部分がゴミで詰まってしまい、腎臓が徐々に壊れていくために起こります。でも、AIMがきちんと働いていれば、そういった詰まりはその都度、AIMが解消してくれるのです。

 ―だからAIMが機能しないネコは、腎臓病になるということですね。

 腎臓はキャパシティーが大きな臓器ですから、ある程度の部分までは壊れても機能しますが、詰まったゴミがうまく取り除かれないと、腎臓の破壊が何年もかけて少しずつ進み、ある時、腎不全を起こして飼い主さんは病院に駆け込むことになります。

 ―ネコの体内に、きちんと機能するAIMを注入してやれば、腎臓病の進行を止められるのですか?

 すでにそのような効果を多くのネコで確認しています。

 ―もともとAIMが機能していないネコに、きちんと機能するAIMを若い時期から投与すれば、腎臓病にはならず、長生きできるわけですね。

 獣医師さんによると、ネコの平均寿命の2倍、最長で30歳くらいまで生きるようになるということです。それに何よりも、腎臓病で長く苦しむことがなくなります。

 ―それは、飼い主さんにとってもうれしいことですね。

 でも、AIMの効果が確認できたからといって、すぐ薬にできるわけではありません。

 ―それはなぜでしょう?

 AIMはタンパク質です。タンパク質製剤は化学合成できる粉薬や錠剤と違い、生きている培養細胞に作らせて、そこから純度の高いAIMを精製する必要がありますから、莫大(ばくだい)な労力とコストが必要になります。

 ―そのための資金が必要なわけですね。

 実は、ある会社がスポンサーになってくれて、治験薬を作り国から薬としての承認を受ける治験を行うめどが立つところまでは、数年かけていっていました。ところが、新型コロナウイルスのせいで社会全体が経済的な打撃を受けたことで、プロジェクトはいったん中断しています。

 ―新型コロナウイルスのためにネコの薬が作れないのは切ない話です。

 資金難を克服し、何とかプロジェクトを再開できるよう、日本だけでなく、海外にも働き掛けています。その一環で、「猫が30歳まで生きる日」(時事通信社から8月刊行)を書きました。AIMがネコと人間にどんな未来をもたらすのか、できるだけ多くの人に知ってもらいたいと考えています。

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