2021年08月25日10時00分
警察庁は、重大なサイバー攻撃を直接捜査する「サイバー直轄隊(仮称)」を2022年度に新設する方針を明らかにした。日本では現在、犯罪捜査は原則都道府県警察が担うとされており、発足すれば警察制度の大きな転換点となる。新設に踏み切った背景には何があるのか。国境を越えた攻撃に各国が連携して対処しているのに、日本は取り残されてしまう―。記者は取材を通じ、警察庁内にただよう一種の危機感を感じた。(時事通信社会部 鈴木英明)
国家警察への反省
警察制度について定めた警察法は1954年に制定された。戦前の国家警察に対する批判を踏まえた同法は、皇室の警備を担当する皇宮警察を除き、犯罪捜査は都道府県警察が行うと規定。警察庁の役割は指揮監督にとどまるとされた。治安維持法違反事件の捜査などに見られた権力乱用を防ぐためだ。
国内で企業などがサイバー攻撃を受けた場合、被害企業などが所在する警察が捜査を行っているのは、この規定に基づいている。だが、攻撃は海外のハッカー集団によるとみられるものも多い。このため、捜査を受け持った警察は警察庁を通じて各国に捜査協力を要請しているが、摘発まで行き着いた例はほとんどない。
乗り遅れ、走る衝撃
そうした中、警察庁幹部が衝撃を受ける事態が起きた。2021年1月、国家警察がサイバー捜査を担う米、英、仏、独といった欧米8カ国が世界規模で広まっていたコンピューターウイルス「エモテット」に対する共同作戦を実行、壊滅させたのだ。
エモテットの被害は国内でも確認されていたのに、なぜ、日本は作戦に参加していなかったのか。警察庁幹部は「加わるタイミングに乗り遅れたことが直接的な原因だが、背景には、サイバーの分野で国を代表する捜査機関がないことがあった」と説明する。
ちょうどこの時期、警察庁では警備局や生活安全局など、複数の局にまたがっていたサイバー関連部署の統合に関する議論が行われていた。「日本不在の壊滅作戦」はこの議論にも影響したとみられ、電力やガスなどのインフラ事業者などへの攻撃といった重大事案を直接捜査する直轄隊と、捜査を所管する「サイバー局」を新設することでまとまり、方針は21年6月に公表された。
オウム事件でも求める声
直轄隊は、攻撃に利用された国内サーバーなどの証拠物を差し押さえたり、容疑者を逮捕したりすることを想定している。こうした捜査権を警察庁も持つべきだという意見は、これまでもあった。1980~90年代のオウム真理教による一連の事件後などに浮上したが、警察庁は「都道府県警察への関与を強めるなどの方策で対応が可能」と判断したとみられ、この時は権限を持たなかった。
今回、直轄隊新設にまで踏み切ったのは、国家を背景にしたハッカー集団の影や、サイバー攻撃の悪質化が大きい。16~17年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)などが受けた攻撃で、警視庁が中国共産党の男を書類送検した21年4月、警察庁の松本光弘長官は定例会見で「中国人民解放軍が関与している可能性が高い」と言及。米国では同年5月、燃料送油管会社への攻撃で石油パイプラインの稼働が停止し、市民生活に大きな影響が出た。
丁寧な説明こそ
警察庁は22年の通常国会に警察庁法改正案を提出する。成立後に発足する直轄隊は約200人規模で、警察庁職員のほか、都道府県警察からの出向警察官などで構成される見通しだ。だが、「発足しても、あくまで捜査体制を整えただけ。海外からの高度なサイバー攻撃に立ち向かうには、新たな武器も必要だ」との声も大きい。攻撃側のコンピューターにウイルスを仕掛け、情報を入手する「ポリスウエア」という海外で使用されている捜査手法はその一例だ。
サイバー攻撃に関連するニュースが連日のように報じられるなど、その頻度や影響力は確実に増している。直轄隊がなぜ必要なのか。捜査権限の乱用を起こさせない仕組みは十分か。法案成立に向け、丁寧な説明が求められるのは当然だが、取材を通じ、直轄隊が十分に機能するためには、捜査手法の議論も避けられないと思った。
(2021年8月25日掲載)
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