2021年08月27日
今年1月に発足したバイデン米政権も、国家安全保障戦略策定に向けて3月に公表した暫定指針の中で中国を「唯一の競争相手」と位置付け、トランプ前政権が敷いた対決路線を引き継ぐ姿勢を鮮明にした。
米インド太平洋軍のデービッドソン司令官(当時)は3月、中国が「6年以内」に台湾を攻撃する恐れがあると警告。さらに、26年までに西太平洋における軍事力で中国が米国を上回る可能性があると指摘した。
中国軍機は台湾海峡の中間線を越えて進入を繰り返す一方、米側は台湾に対して武器の売却を続ける。台湾は米中対立の最前線となり、「台湾有事」が現実味を持って語られるようになっている。
「空母キラー」に対抗
中国にとっては、台湾有事などの際に米軍の介入をいかに排除するかが最大の戦略目標となる。その際に重要なのが「接近阻止・領域拒否(A2AD)」と呼ばれる能力の構築だ。台湾周辺の海・空域への米軍の接近を阻止し、米軍が自由に行動できないよう主導権を握ることを意味する。
中国軍はこうした能力を着実に強化してきた。沿岸から1500~4000キロ圏を射程に入れ、「空母キラー」「グアムキラー」などと呼ばれる弾道ミサイルの配備がその一例だ。
対する米軍は今年3月、地上発射型の中距離ミサイル網を「第1列島線」上に構築するための予算を議会に要望した。従来は中距離核戦力(INF)全廃条約に縛られ、射程500~5500キロのミサイルを持てなかったが、19年8月に同条約が失効したことを受け、開発を急いでいる。
では、そのミサイルは「第1列島線」のどこに置くのか―。今のところ日本政府は米側から配備を打診されたことはないと説明している。しかし、ある防衛省幹部は、地政学的・軍事戦略的観点から「日本列島は当然、有力な候補地だ」と打ち明ける。
「相手の立場に立って考えないといけない。(中国から見た時に)日本列島は邪魔で仕方がない存在のはずだ」。元陸上自衛官で、自民党外交部会長を務める佐藤正久参院議員は7月、佐賀市内で講演した際、「逆さ地図」を示しながら聴衆に訴えた。中国が「核心的利益」と位置付ける台湾を併合しようとする場合、その阻害要因となっているのが自衛隊と在日米軍の存在だというわけだ。
台湾から、日本最西端の沖縄・与那国島まではわずか110キロしか離れていない。尖閣諸島までの距離も170キロで、防衛省幹部は「中国が台湾に侵攻すれば、日本も無事では済まない」と危機感を強める。
例えば、もし中国軍が台湾を東西から挟み撃ちにしようとするならば、それに先立って沖縄の島々を占領し、拠点にする可能性もある。
にもかかわらず、九州南端から与那国まで1200キロにわたって連なる南西諸島には、長らく陸上自衛隊の拠点がほとんどなく、防衛力の「空白地帯」となっていた。政府が与那国や宮古、奄美大島に警備隊やミサイル部隊を新設し、体制強化を図るようになったのは、ここ5年ほどのことだ。
「最後のとりで」
仮に米軍が日本列島に中距離ミサイルを配備するとしても、核弾頭は搭載されない見込みだ。それでも受け入れには大きな反発が予想される。米軍絡みの事故・事件に苦しんできた沖縄県が対象となれば、なおさらだ。
政府は20年末、地上から艦艇を狙う射程約200キロの国産ミサイル「12式地対艦誘導弾」を改修する方針を決めた。①1000キロ超への長射程化、②艦艇や航空機に載せる「ファミリー化」ーを実施する。
将来的には地上の目標を攻撃する「対地ミサイル」への改修もあり得ると明言する自衛隊幹部もいるが、敵基地攻撃能力の保有には「専守防衛の原則を逸脱する」として、与党内にも慎重論が根強い。
改修の狙いについて、自民党の防衛相経験者は「米側からミサイル配備で無理な要求があったとき、それを抑えるには日本自身が能力を持っていることが大事だ」と解説。防衛省の制服組も「『最後のとりで』となる力を持つことが、専守防衛につながる。手段は重層的である方がいい」と力説した。
「⽇本列島を不沈空⺟のようにする」。冷戦時代 の1983年、⾸相就任後の訪⽶でそう発⾔したと報じられ、国内で猛烈な批判を浴びたのは故中曽根康弘元⾸相だ。それから約40年。冷戦が終結し、ソ連は解体されたが、⽇本を取り巻く安全保障環境は当時と⽐べようがないほど緊迫の度を増している。
「ポスト冷戦」時代に現れた中国という巨⼤な国家とどう向き合うべきか。⼤陸側から ⽇本列島の先に広がる太平洋を眺めた「逆さ地図」は、私たちにそんな難題を突き付けているようだ。
(2021年8月27日掲載)
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