「靖国」は永遠の難問ですか 晩夏にもう一度考える戦没者慰霊【政界Web】

2021年08月20日

 76回目の終戦の日が過ぎた。これに合わせ、東京・九段北の靖国神社に5閣僚が参拝し、菅義偉首相は玉串料を奉納。国内で賛否が交錯し、中国や韓国は「不満」や「失望」を表明した。毎年の恒例行事の観すらあるが、歴史認識と併せて戦没者慰霊の在り方をめぐる論議が今後も続くことを示す。そこでこの夏、靖国の成り立ちや参拝の意義、問題点を識者や関係者の話を交えておさらいしてみた。皆さんも考えてみませんか。(時事通信政治部 大塚淳子)

定番の質問にも意味

 8月15日、政治記者の朝は早い。午前6時前から若手が境内に張り込み、閣僚や国会議員の到着を待つ。

 「参拝は私人としてか公人としてか」

 「玉串料支出は私費か公費か」

 「記帳の肩書は」

 読者も見飽きた内容だろうが、参拝を終えた政治家に次々とこうした質問を投げ掛けるのは、憲法が定める政教分離の観点から疑義が残るからだ。

 「中国や韓国の反発をどう思うか」という問いも出る。極東国際軍事裁判(東京裁判)のA級戦犯が合祀(ごうし)されていることもあり、「靖国神社は侵略戦争の象徴」というのが両国の主張。太平洋戦争や植民地支配をめぐる溝はなお深い。近年は東アジアの安定を望む米政府の意向も考慮されるようになった。

 雨が降りしきる今年は午前8時前に小泉進次郎環境相、8時半すぎに萩生田光一文部科学相、10時半すぎに井上信治科学技術担当相が訪れた。安倍晋三前首相も姿を見せた。13日には安倍氏の実弟の岸信夫防衛相と西村康稔経済再生担当相が参拝。取材に応じる人も、無言で立ち去る人もいる。

 一方、首相就任後初めての終戦記念日を迎えた菅氏は、想定された通り参拝しなかった。「代理人を通じて玉串料を納める」という事前情報を基に各所に当たる。「自民党総裁として私費で」と判明したのは、正午を回った後だった。

原点は「国家統合」

 靖国神社は主に戊辰戦争の戦没者慰霊のため、1869(明治2)年に新政府が「東京招魂(しょうこん)社」として建立し、10年後に現在の名称に改められた。明治天皇が命名した「靖国」は「国を靖(安)んずる=平安にする」という意味。当初は国が管理していたが、第2次世界大戦後に連合国軍総司令部(GHQ)の指示に基づき国家神道が廃止され、一宗教法人となった。計246万6000余柱が祭られている。

 祭神には坂本龍馬や高杉晋作といった幕末の動乱期に倒れた志士も名を連ねる一方、旧幕府側やその後の西南戦争に敗れた西郷隆盛らは含まれない。日本法制文化史が専門の所功京都産業大名誉教授は、靖国神社について「天皇を中核とする官軍の正統性を明示する象徴」にされたと語る。

 創建の背景について、所氏は「開国により欧米の利権争いに巻き込まれそうになった。まだ二百数十の藩に分かれていた日本は、一歩間違えば分裂国家になる非常な危機の中にあった」と指摘する。天皇を中心に国内をまとめるには、国家のために命をささげた人々を公的に慰霊し、顕彰する必要があったということだ。

 由来となったのは京都や長州藩(現山口県)などで行われていた維新殉難者を弔う地域の招魂祭。所氏は「マスコミを含めて一般には、第2次大戦の戦没者を祭るとか祭らないという一部分が切り取られ、論争の具にされている」と問題視する。

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