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破壊された五輪の根幹 坂上康博氏に聞く

2021年08月17日17時44分

橋本会長が自賛した「特別な価値」

 世界を襲う新型コロナウイルスのパンデミック下で行われた東京五輪は、歴史にも日本社会にも大きな傷と損失を残した。「競技会」は行われても、五輪運動の根幹が失われ、祝福されない祭典。聖火が消えた今、昨年から3回にわたってこの五輪を語ってもらった坂上康博一橋大大学院教授(スポーツ社会学)とともに考えた。(時事通信社 若林哲治)

  ◇  ◇  ◇

 ―閉幕後も成否や成果についてさまざまな議論が行われています。

 「驚いたのは、最終日(8月8日)の記者会見で橋本聖子大会組織委員会会長が、何か新しい日本を、東京を感じさせるものを世界に発信できたかと問われ、まず『スケートボードやBMXなどで十代のアスリートの姿が、特別な価値を今大会に付加した』と言ったこと。確かにそこには新たな感動があったし、日本人のスポーツ観に対してもインパクトがあったとは思います。こんなスポーツのやり方があるんだと。そうだけれども、それしかなかったのかと」

 ―東京が提案した追加競技の一つで、日本選手も活躍しましたが、あくまで国際オリンピック委員会(IOC)が承認した競技の一つです。

 「IOCの視聴率優先主義と若者離れ対策の一つの方策であって、あくまで新規五輪種目の話。逆に言えば、世界に示したものが何もない大会。世界に誇れるような新しい価値とか、そういうインパクトのあるものを何も創出できなかったということです」

 ―これまでも新競技には新鮮味がありました。2024年パリ五輪でもブレークダンスが行われます。なぜスケボーが大会コンセプトだった「多様性と調和」の象徴なのかと。

 「IOCや組織委が掲げた五輪の意義や理念がいかに浅いか。それを創造的に深めていく姿勢も全く感じられなかった。多様性とは、人間の尊厳の保持に重きを置く社会をつくっていくという五輪の総論的な理念の中の一つの各論です。そこだけを強調して総論を非常に軽んじた感じがします」

◇現実から過去へ逃げる日本

 ―本来ここは、開閉会式で発信したメッセージ、あるいは大会運営を貫いたポリシーみたいなものについて会長が語るところです。

 「開閉会式が示したのは日本にはエンタメとアニメぐらいしかないということ。この二つは、いろんな調査で日本人が誇りを持っていることの上位に来るものですが、それに合わせただけの現状追随。日本が今何を創り出そうとしているのか、これで勝負するとか、ここを変えて行くとかいうものがない。五輪招致の根底にある動機は、バブル経済崩壊以降の長い暗闇が続く中で、何か活気を得る機会が欲しかったということです。政府の基本方針では『自信を失いかけてきた日本を再興し、成熟社会における先進的な取り組みを世界に示す契機』とすると言っていた。だけどやったことは、ノスタルジーに近いもので終わってしまった」

 ―閉会式の入場曲が1964年東京五輪のオリンピックマーチ。簡素化とは別次元のものがあります。

 「ここまで後ろ向きかと。今の日本の姿を示してしまった。過去を目標に、もう1度五輪で経済浮揚をと。それは真っ当な経済浮揚策ではない。暗闇を見ることを避けて一瞬の光だけが照らすところへ逃げたんです」

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