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40年目の「ロンバケ」論 大滝詠一と大瀧詠一の足跡たどって【今月の一枚■特別編■】

大阪大学教授 輪島裕介

 大滝詠一のアルバム『A LONG VACATION(ア・ロング・バケーション)』(以下『ロンバケ』)が発売40周年を迎えた。

 膨大な制作時間を費やし、多くのスタジオ・ミュージシャンを動員して、1950年代後半から60年代前半のアメリカのポップ音楽の諸要素を極めて精緻に組み合わせて練り上げたサウンド、ロックバンド「はっぴいえんど」でキャリアを開始した際の盟友で、当時、売れっ子作詞家に転じていた松本隆による繊細かつノスタルジックな歌詞、細かな音韻や発声まで配慮された歌唱、さらに無人のプールを描いた永井博によるレコードジャケットのイラストが相まって、当時記録的な100万枚を超える売り上げを記録した。

 本作で確立された、綿密に作り込まれながら耳なじみのよいメロディーをもち、どこかしらノスタルジックな雰囲気を漂わせる楽曲のスタイルは、当時「ニューミュージック」と呼ばれた自作自演系音楽の枠を超えて、主流的な歌謡界全体の中でも重要な位置を占めるに至る。松田聖子「風立ちぬ」(及び同名アルバム)や、小林旭「熱き心に」、森進一「冬のリヴィエラ」など、「アイドル」や「演歌」に分類される歌手が、大滝の楽曲を大ヒットさせている。

 永井のイラストに象徴される爽やかなリゾートの雰囲気は、70年代末以降の山下達郎、大貫妙子、竹内まりやらの作品とも共通するものだが、『ロンバケ』の爆発的な成功以降、多くの追随者を生み、現在、「シティポップ」という言葉で再評価されつつある。海外での「シティポップ」の文脈では、ディスコ/ソウル的な16ビートや複雑な和音の響きの反復といった音楽要素が好まれるため、50―60年代風の8ビートとシンプルな和音の進行に基づく大滝の作品は必ずしも広く聴かれてはいないが、日本国内の文脈では、「1980年代の都会的(またはリゾート的)で洗練されたポップ」といえば、同年に発売された寺尾聰『Reflections(リフレクションズ)』と並んで『ロンバケ』の印象が圧倒的だろう。

 やがて、日本大衆音楽史上における名作アルバムとしての地位を確立してゆく。そこでは、制作前の数年間、産業上の理由でほとんど表立った音楽活動ができず「沈黙」を余儀なくされていたこと、本作の3年後に発売されたアルバム『EACH TIME(イーチ・タイム)』以降、新作の発表がほとんどなくなったこと、さらに2013年に早すぎる逝去を迎えたこと、といった、大滝の経歴に関わる要因も、本作の正典化に寄与しているだろう。

 『ロンバケ』の名盤としての評価は、その後の大滝の新作の欠如にもかかわらず、というよりむしろそれによって増幅されているとも考えられる。大滝の音楽作品は、74年以降、一貫して自身の「ナイアガラ・レーベル」でレコードの原盤権を保有し、レコード会社と契約する、という極めて珍しい制作スタイルをとっていた。そのため、大滝自身が折りに触れ、微細な変化を伴って継続的に再発を行っている。そのたびに、一方では新しいリスナーを獲得し、他方、「ナイアガラー」と呼ばれる昔からの熱心なファンは再発盤を収集し、旧版と聴き比べてそれぞれの版の変化を楽しむ。もちろん今では各種ストリーミングサービスでも聴取可能だ。

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