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無観客五輪は「コロナに打ち勝った証し」になり得るか 「危険水域」菅政権、開催前提の政治的思惑

 東京五輪が始まった。新型コロナウイルス感染症により1年延期され、それでも東京都に緊急事態宣言が発令されている最中での異例の開催だ。事前の世論調査を見ても、軒並み反対や開催中止もしくは延期の声が大きかったが、日本政府もブレーキを踏むことなく始めたからには、このまま8月8日の閉会式まで17日間の全日程をひた走るしかない。その先には、東京五輪の開催を前提とした一つの政治的思惑が透けて見えてくる。(作家・ジャーナリスト 青沼陽一郎)

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 時事通信が7月9~12日に行った世論調査によると、菅内閣の支持率は29.3%で、前月比3.8ポイント減らしたどころか、「危険水域」とされる20%台にまで政権発足以来初めて落ち込んだ。不支持率は前月比5.6ポイント増の49.8%だった。7月12日から東京都に4回目となる緊急事態宣言を発令したこと、日常生活に制約が続く中での東京五輪開催への懸念が影響したとみられている。新型コロナウイルス感染拡大をめぐる政府対応についても、「評価しない」が前月比4.0ポイント増の59.1%、「評価する」は同0.5ポイント減の22.7%。「どちらとも言えない・分からない」は18.2%だった。

 菅義偉首相は強まる世論の反発にも、東京五輪・パラリンピック中止には一切言及しなかった。今年1月18日に召集された通常国会の施政方針演説では、東京五輪・パラリンピックを「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証し」「東日本大震災からの復興を世界に発信する機会」と表明していた。しかし、それが次第に大会の目標を「安全・安心」に置き換えるようになる。6月の英国コーンウォールでの先進7カ国首脳会議(G7サミット)では、各国首脳に「安心・安全」な五輪の開催への理解と支持を取り付け、首脳宣言の末尾にその文言を盛り込むことに成功した。

首相表明で専門家「検討意味ない」

 その効果は大きかった。「今の状況で(五輪を)やるというのは、普通はない」。コーンウォール・サミットが始まるまで、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は国会でそう発言して、開催に懸念を表明していた。「感染リスクについて近々、関係者に考えを示したい」とも断言していた。ところが、サミット後の6月18日に専門家有志26人が連名で公表した「提言書」には「中止」の文言はなく、「無観客開催が最も望ましい」とするにとどめた。そのことについて尾身会長は「当初は開催の有無を含めて検討していたが、菅首相がG7サミットで五輪開催を表明したことで、検討の意味がなくなった」と説明している。

 岡部信彦川崎市健康安全研究所長(元国立感染症研究所感染症情報センター長)は、提言書に名を連ねた有志の一人だ。分科会のメンバーであり、東京五輪・パラリンピック組織委員会の新型コロナウイルス感染症対策のための専門家ラウンドテーブル座長を務め、感染症対策の内閣官房参与として管首相に直接意見を述べる立場にもある。その岡部氏は、私の取材にこう答えている。

 「感染症を少なくしようとする時には、何もやらないのがいちばんいい。五輪もない方がいい。しかしやるのであれば、できるだけリスクを低くする方法はないか。感染拡大リスクが最も低いのは無観客であり、それが望ましいとした」

 「感染症は人から人へうつるんだから、リスクになる人の固まりをなるだけ小さくした方が感染のリスクは低い」

 それでも強気の菅政権は、6月20日に10都道府県に発令中だった3回目の緊急事態宣言を沖縄を除いて解除、東京都をはじめとしてまん延防止等重点措置に切り替えると、これに連動するように組織委員会、国際オリンピック委員会(IOC)などとの5者協議を経て、競技会場の観客を収容定員の50%以下、最大でも1万人以内とする条件付きの有観客実施を決めた。

 ところが、宣言解除直前から増加傾向に転じていた東京都の新規感染者数はそのまま増え続け、まん延防止等重点措置に転じてわずか3週間で、五輪開催期間中を含む7月12日から8月22日までの4回目の緊急事態宣言発令に踏み切った。直前の7月4日投開票の都議選の結果、与党の得票が予想外に伸びなかったことも影響したらしい。これを受け、5者協議の末に無観客開催が決まった。

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