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先輩の金メダルへ、「付き人」に徹する前浜忠大 東京五輪柔道男子90キロ級の向翔一郎を支える

勉強させてもらいたい

 東京五輪で金メダルを目指す先輩を、献身的に支えている柔道家がいる。前浜忠大(24)=兵庫県警=だ。母校の日大で2年先輩にあたる柔道男子90キロ級代表、向翔一郎(ALSOK)の練習パートナー、いわゆる「付き人」に徹している。向が「勝てたのは前浜が近くにいてくれたことが一番大きい」と語ったこともあるほど、絶大な信頼を寄せられている後輩。男女計14階級の中でも、男子90キロ級は海外勢の層が厚いと言われている。その激戦区で頂点に立ってもらうため、サポートは戦術面や技術面、さらに精神面までにも及ぶ。(時事通信運動部 岩尾哲大)

◇ ◇ ◇

 付き人としての関係ができたのは2016年秋。向が大学3年、前浜は1年だった。前浜が志願した。理由がある。同年8月に行われたリオデジャネイロ五輪の男子100キロ級で銅メダルを獲得した羽賀龍之介(旭化成)が、同階級の派遣が見送られた14年の世界選手権は付き人で現場に赴き、その経験も生かして翌15年の世界選手権で優勝。その過程に感銘したからだという。「僕も勉強させてもらいたい」。当時は日大のエースだった向の近くにいて、さまざまなことを吸収しようとした。

技術面でもプラスに

 2人は特別に親しかったわけではない。「お前、空いている?」「空いています」「お前にしようかな」。前浜が思い出す限り、そんなやりとりで決まったようだ。前浜にとっては念願がかなうわけだが、「いいんですか?」と確認している。なぜなら、向が178センチ、前浜は168センチという身長差。向の軸となる技は背負い投げ。打ち込みや投げ込みをする際、自分より低い相手に担ぎ技はやや掛けづらい。前浜は投げ込みでの受けのうまさには自信があったが、その点を懸念した。

 結果的には、向にとって技術面もプラスに働くことになった。「前浜は担ぎ技に入るタイミングがめちゃめちゃうまくて、教えてもらった。それがだんだん相手に掛かるようになってきた」。練習や身の回りのサポートだけではない。前浜の存在が、向の柔道そのもののレベルアップにつながっている。

「勘違いしちゃいけない」

 前浜が向の練習パートナーをする上で心掛けているのが、「勘違いしちゃいけない」ということ。国際大会で結果を残すようになった向は、19年世界選手権では銀メダルを獲得し、東京五輪代表の座も手にするまでになった。前浜は常々「強いのは俺じゃない。翔一郎先輩だ」と言い聞かせてきた。

 海外選手の特徴も念入りにチェック。「翔一郎先輩はあまり研究が好きではないから、(日本男子の)山元一歩コーチと僕で知識を入れておく」。助言をする際には、相手の攻めに対するしのぎ方を伝えるのではなく、相手の動きに応じた攻め方について提案するようにしている。それも向のスタイルを意識してのこと。向が力を最大限に発揮できるよう「先手先手」で必要な手助けをしたい。そうするために頭を巡らせ、自信を持って試合に臨めるような声掛けをしている。「敬語は使ったり使わなかったり。とっさに出る言葉で」。時には砕けた言い方でハッパを掛けることもある。

 プライベートでも仲が良い。7月生まれの前浜は、前の誕生日に向からオーダーメードのスーツをプレゼントしてもらい、今年はサングラスを渡してもらった。「翔一郎先輩はプレゼントの天才」と喜ぶ。家族ぐるみの付き合いもあり、向が19年4月に優勝した全日本選抜体重別選手権の前には、前浜の母が息子の先輩にお守りを贈った。前浜にとって、向は先輩であるのと同時に「尊敬するお兄ちゃんという感じ」。そう言って笑う。向は大学4年の頃、遅刻が原因で一時期退寮を命じられた。同じ大学に所属している身からして、さすがに前浜が練習相手になることはできない。それでも、話し相手になることで寄り添おうとした。

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