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2032年五輪を受け入れるブリスベンの「市民の声」

柳沢有紀夫(豪在住/文筆家)

 五輪の開催地の決定は、通常その7年前の国際オリンピック委員会(IOC)の総会で行われることが多い。立候補した幾つかの都市がそれぞれプレゼンテーション(滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」が記憶に新しい)し、その後に投票が行われるというのがこれまでのパターンだ。

 だが2032年の夏季五輪に関しては、なんと11年前の今年21年、東京五輪開催前に行われるIOC総会で決められる方向で進んでいる。しかも幾つかの立候補地に、公正にプレゼンテーションをさせて争わせるのではなく、候補地の一つをIOC自らが事前に「最有力」と事前に発表するという異例の方式が取られている。

 IOCによる「一本釣り」とも称させるその候補地は、オーストラリア第3の都市ブリスベン。筆者が移住以来22年住み続けている街だ。

 新型コロナウイルスの感染もまだ終息していないし、変異株やら経済やらでも先が見えないこの時期。東京五輪の開催に非常に危うさを感じている皆さんにしてみたら、「なぜ今、わざわざ好きこのんで火中の栗を拾おうとするのか」と思われているのではないだろうか。

 では果たして実際にブリスベンに住む人たち自身は、この32年の五輪開催についてどのように考えているのだろうか。街の人たちに意見を聞いてみた。

 まずは否定的な意見から紹介しよう。

市民スポーツよりも五輪を優先するのは本末転倒

 ブリスベンで最難関とされるクイーンズランド大学でスポーツ科学を学ぶ20代の大学生のジョンさんは語る。

 「自分が住む街が夏季五輪の開催地になるのはもちろん光栄なことです。ただし選手団や海外からの観客を受け入れることを考えた場合、ブリスベンは都市としていかんせん小さ過ぎると思います」

 周辺部を合わせたいわゆる「ブリスベン都市圏」の人口は21年現在、約244万人。この数年毎年1%以上人口増加を示してはいるが、確かに巨大都市ではない。豪州ではいずれも500万人ほどの人口を誇る「メルボルン都市圏」「シドニー都市圏」の約半分のサイズだ。08年の北京、12年のロンドン、16年のリオデジャネイロ、そして今回の東京と比較しても人口は明らかに見劣りする。

 ジョンさんがもう一つ心配するのは「新型コロナウイルスとの闘い」だ。

 豪州では国境と州境に厳しい制限を設けることで感染拡大を抑えることに大成功を収めてきた。20年3月からの最初の全国的な大規模ロックダウン以降、ブリスベンでは市中感染者の濃厚接触者を追跡するための3日ほどのロックダウンがあっただけだ。

 「ここまでうまくやってきたことをすべてひっくり返し、終わりのないロックダウンの連鎖を迎えるのは正しい方策とは言えません」

 変異株がどこまで変化するのか、それらすべてにワクチンが効果を発揮するのか、そして世界はいつ本当の「コロナ後」を迎えられるのかは、正直まだ誰にもわからない。

 「スポーツは人々にとって大切な活動の一つです。ただしその中でもいちばん大切なのは、市民たちがジムに行ったり、好きなスポーツを楽しんだりすることです。それを差し置いて、五輪などを優先させるのは本末転倒だと思います」

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