苦闘の中で、確かな手応えもつかんだ。フィギュアスケート女子の樋口新葉(20)=明大=は昨季、かねて習得を目指してきたジャンプのトリプルアクセル(3回転半)に挑み続けた。だが、試合ではなかなかクリーンな成功に届かない。2018年世界選手権の銀メダリストは、今年3月の世界選手権(ストックホルム)代表から外れた。それでも悲観はしていない。「トリプルアクセルを成功させるんだ」という強い信念がある。大技への思い、そして北京五輪をターゲットとする21~22年シーズンを迎える心境を聞いた。(時事通信運動部 岩尾哲大)
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3歳でフィギュアスケートを始めた樋口は、9歳ごろまでにはダブルアクセル(2回転半)までのジャンプを跳べるようになった。ノービスやジュニアの大会で活躍。最初に大きな注目を浴びたのは、東京・日本橋女学館中時代の2014年だ。13歳で全日本ジュニア選手権を制し、ジュニア・グランプリ・ファイナルでは3位。そしてシニアの全日本選手権に出場して堂々の3位に入り、表彰台に立った。
中学時代、「上を目指すために」
3回転半を意識し出したのは、この頃だという。「上を目指すために、一番近いものがトリプルアクセルだった。人と違うことというか、人よりも点数を取れるものをしないといけない。持っているものの質を高めることもすごく大事だけど、やっぱり新しいことに挑戦した方がいいと思い、練習を始めた」と振り返る。
「跳べるとか跳べないとかではなく、取りあえずやってみようかな」という気持ちで、初めて練習で試みた。いきなり自力で跳んだ3回転半は、もちろん転倒。恐怖心はあったが、思ったよりも近そうな感覚があったそうだ。その後の練習でも、回り切れている実感は続き、むしろ「回り過ぎてきれいに降りられない」という難しさがあったが、タイミングさえつかめれば、物にできる手応えはあった。
跳べそうで跳べない
ただ、習得までの道のりは、その時の想像とは違った。「跳べそうで跳べない期間がずっと長くて、最後のちょっとの違いが自分の中でよく分からなくて。先生たちには『もう跳べるじゃん』『あとちょっと、こうしたらできる』みたいに確信を持たれていたけど、自分の中ではその感覚が全然つかみ切れなかった。どうしたら降りられるのか分からないというか、あまりピンときていないことが多かった」
トンネルが長い一因には、ダメージの蓄積もあった。「中学生や高校生の時は(体で)痛くないところがなかった。多分、骨もちゃんと成長しきっていなくて、けがをしやすかった。リハビリをしても治りにくいというか、持病みたいな感じでずっと痛い時期があった」。今の身長は153センチ。13歳の頃からは15センチほども伸びている。「体の成長についていけていなかった時期もあったのかな」。20歳の今、当時の自分について、そう思う。
素人目でも、前を向いて踏み切るのと後ろ向きで踏み切るのとでは、全く世界観が違うのは想像できる。一方で、わずか半回転の差のようにも思える。そう水を向けると、樋口は「私も『半回転じゃん!』って思います。そう思って始めたので」と笑う。一通り2回転ジャンプをマスターしてから、2回転半を跳べるようになるのにも苦労したそうだが、3回転半も似たプロセスで到達できると思っていた。「そんなにうまくいかないから、すごいジャンプなんだろうな」と、実感を込める。
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