『腐女子、うっかりゲイに告(こく)る。』――こんな刺激的なタイトルの連続ドラマが2019年春、NHKで放送され、大きな反響を呼んだ。ゲイの男子高校生と、BL(ボーイズ・ラブ)好き、つまり「腐女子」の女子高校生。決して交差することのない2人を中心に繰り広げられる、青春群像劇だ。この物語が『彼女が好きなものは』というタイトルで映画化、今秋公開される。(ノンフィクションライター・加賀直樹)
これらの原作『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(角川書店)を書いたのは、作家・浅原ナオトさんだ。サラリーマンとして中国駐在中の2016年10月、小説投稿サイト「カクヨム」に作品を公開した。浅原さんは、およそ2週間という短期間で、30本あまりの記事を次々とweb上で更新していった。
「web小説って、期間が空くと忘れられそうなので、書きためたものを短期間で出しました」。当時、まだ少なかった文芸のweb投稿サイトの中で、「カクヨム」は間口の広いジャンルの作品を発表しているのを目にした。「『もしかしたらワンチャンスあるかも』と登録してみたんです」(浅原さん)
性的マイノリティーである主人公の少年が抱える、自らのアイデンティティーを背負う葛藤、苦しみ。ただし、深刻には書き過ぎない。だけど、目を背けるのとも違う――。そんな繊細でメリハリのある筆致が、早速幅広い共感を呼んだ。作品が公開されるや、次々と作品を推す「レビュー」が投稿サイト上に寄せられた。浅原さんは、それらのレビューすべてに返事を書いた。「反響をもらうことが、素直にうれしかったんです」。彼は目を細めて振り返る。
作品は早速、サイト運営元KADOKAWAの編集者の目に留まった。現在の担当編集者・柏井伸一郎さんは、「当時、社内でとても話題になったそうです。作品の訴える力や、作家としての筆力の両方がある」。夢中になって読んだ前任者が、浅原さんにアポイントを取って加筆・推敲(すいこう)を重ね、2018年に単行本が発行された。浅原さんにとってはデビュー作となった。反響は収まらず、以降、文庫本、漫画化、そして、投稿サイト「カクヨム」では初となるドラマ化が実現した。さらに今年、映画化へ。作品は、媒体を変えながら飛躍的に成長を続けている。
連続ドラマの放映が終わったタイミングで、浅原さんは自発的に続編の物語をweb上で書き始めたという。「お話の続きはないんですか?」という読者からのコメントを読んだことがきっかけだった。
「ちょっと書いてみようかな、って気分になりました。webは、書き手と読み手の距離が近くて、やりたいことが表現できるのが良いところだと思います」(浅原さん)
「カクヨム」のほか、「小説家になろう」など、作家志望の人が自由に作品を発表できる投稿サイトが増えている。編集者の目を通らずに作品を発表できるのがこれらのサイトの特徴だが、一方で、閲読ランキング、ページビューを気にするあまり、創作活動に迷走する作家も少なくないという。浅原さんの場合、「純粋に自分のやりたいものに打ち込んでいく」ことを心掛けているという。
担当編集者・柏井さんはこう話す。
「書き手は手軽に発表しやすくなっている分、自意識がそのまま表現され無防備になる傾向がある。編集者の目を通っていない原稿を読める利点はありつつ、書き手・読み手の双方により高い意識を求められている」
読者の「育てている」実感
KADOKAWAでは2015年から、こうしたweb発信の文芸作品を「新文芸」という新ジャンルとして定義づけている。「ライトノベルとの差別化を図り、一般文芸ともまた異なるものとしてスタートしました」。同社・新文芸編集部部長の中村昭子さんは経緯を語る。「新文芸」では、「カクヨム」「小説家になろう」などからピックアップした作品を、対象読者の年齢層や性別、内容の方向性の異なる三つのレーベルから、毎月定期的に刊行している。
「『わしが育てた』。そんな思いで読者からの支持が広がっています」
「新文芸」のレーベルの一つ、「MFブックス」編集部・課長の堤由惟(ゆい)さんは、こう話す。
「新文芸」のキーワードは「双方向性だ」。堤さんはそう断言する。ネット普及で誰しもがメディアになれる時代になった。以前は作家と編集者がクローズドな関係で切磋琢磨(せっさたくま)して作っていたのが、web空間では、その2者と読者が双方向にやりとりし、場合によってはオープンコミュニケーションで、制作過程も含めて公開されていく。そうすることで作品がブラッシュアップされていく。「そのプロセスも含めてユーザーも楽しんでいます」と堤さん。
読者は連載を読んで、感想をつぶやく。作家は感想を踏まえて展開の変更を検討する。「プロセスがすべて開示された状態で、ユーザーのロイヤルティーが高まっていくんです」と堤さんは話す。読者は、友達を応援するような感覚で小説を読む。作家はアクセス数とにらめっこしながら、どうすれば読者に受けるかを模索する。「そんな構造自体の大きな変化が、ネット小説やネット発書籍の大きな特徴です」と堤さんは評する。自分の作品が書店に並べば、作家にとって一つの分岐点だ。「趣味の延長」が、仕事に変わる瞬間だ。そのことは読者も望んでいる。
「編集者の再定義が必要だと思います。どこで編集者は価値を発揮すべきかを自問自答する機会が、昔より多くなっている気がします」
同レーベルの編集長・金田一健さんは、こう話す。web上の原文は、横書きの文章で、1行と1行との間が空いている。それがネットでは読みやすい、とされている。ところが、書籍は縦組みだ。不要な空きは読みにくいし、書籍である以上、日本語の間違いがあれば直す必要がある。
「ネットは巻物のように読めますが、書籍は1巻、2巻と区切らなければいけない。それぞれの山場も必要です。文頭の1文字目を開けない、主語がなくとも、読んだ人に雰囲気で伝われば評価される。そんな『ネットの常識』を整えていく。それが僕らの仕事かな、と思います」(金田一さん)
コロナ禍で巣ごもり生活になってからは、投稿サイトの執筆者、読者とも数が伸びる傾向にあるという。新文芸編集長の中村さんは、「書いてもらいたいし、読んでもらいたい。漫画よりも気軽にひとりで始められるのが小説の良いところです。門戸を開けて待っています」と話す。
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