英投資ファンドによる東芝買収提案騒動は、ファンドが「暫時検討を中断する」とする書簡を東芝に提出し、いったんは幕引きとなった。関係者によると、英ファンド日本法人会長から東芝入りした車谷暢昭社長兼最高経営責任者(CEO)の辞任が「決定打となった」という。だが、東芝に出資する「アクティビスト(物言う株主)」の不満は解消されていない。金融機関の幹部は「東芝が買収対象になることが表面化し、パンドラの箱は開いた。米欧ファンドが断続的に買収を提案してくる可能性がある」と警告している。(経済部編集委員・江田覚)
「東芝再生ミッションが完了し、達成感を感じている。心身共に充電したい」
4月14日に開かれた社長交代に関する緊急記者会見。車谷氏は欠席し、コメントが代読された。だが、この辞任の理由を文字通りに受け止める関係者は少ない。1週間前に英投資ファンド「CVCキャピタル・パートナーズ」が東芝に買収提案したことが表面化し、社内外で「CVCと関わりが深い車谷氏自身が絵を描いたのではないか」といった観測が広がっていたためだ。
東芝には多数のアクティビストが出資し、企業価値向上に向けた圧力を掛け続けている。車谷氏はアクティビスト対応が難航していた一方、経営改革の在り方で東芝社内からの不満にも直面。東芝の指名委員会が今年に入り幹部社員に実施した調査では「車谷氏不信任」が過半を超えていた。
その中で、車谷氏の古巣のCVCが示した買収計画案は、東芝株を非公開化させ、アクティビストを一掃できる内容であり、同時に、車谷氏の残留も前提となっていた。このため、東芝に近い大手銀行幹部も「車谷氏にとって都合の良い提案のように見えた」と振り返っている。
上場維持の代償
今回の騒動を読み解くには、東芝がアクティビストから出資を受けた経緯を整理することが重要になる。節目となるのは、東芝が2017年12月に実施した約6000億円の増資だ。
東芝は16年までに米原発子会社ウエスチングハウス・エレクトリック(WH)の経営が悪化し、17年3月期に巨額の損失計上を余儀なくされた。東芝本体の粉飾決算も響く中、18年3月期に2年連続の債務超過に陥れば、東京証券取引所の規定により上場廃止となる事態に陥った。上場を維持するため、東芝が選んだのが、海外の投資会社60社に対する第三者割当増資だった。
17年末に約6000億円の資金調達が実行され、東芝は2年連続の債務超過と上場廃止を回避できた。だが、それは大きな代償を伴うものとなった。投資会社の中には、旧村上ファンドのメンバーが参加している「エフィッシモ・キャピタル・マネジメント」(シンガポール)などのアクティビストが含まれており、東芝は厳しく企業価値向上策を迫られることになったためだ。
東芝が再生とアクティビスト対策で白羽の矢を立てたのが、車谷氏だった。旧三井銀行出身の車谷氏は、三井住友銀行の副頭取なども歴任。11年の東京電力福島第1原発事故に際しては、東電への金融支援や実質国有化措置に関わり、経済産業省から信頼を得た。経産省が力添えするようにして、車谷氏は18年にCVC日本法人会長から東芝のCEOに転じた。
しかし、東芝の関係者は、事業再生とアクティビスト対応の両面で「車谷氏は十分にリーダーシップを発揮していなかった」と主張する。東芝は車谷氏主導でデジタル化とインフラ事業の強化などを柱とした5カ年計画を策定したが、連結最終損益が20年3月期には1146億円の赤字に陥った。社内では、リストラへの不満がくすぶり、有力株主からは「企業価値向上に向けて、話を聞く姿勢が全くない」と批判の声が出ていた。
さらにアクティビストの反発を招いたのが、政府側の介入に関する観測だった。東芝は東電福島原発の廃炉を技術面で支え、防衛技術にも関わり、政府にとっては安全保障上重要な企業となっている。米国と中国の覇権争いの激化も背景に、政府は20年5月、こうした「コア業種」に対する外国人投資家の出資を厳格に監視する改正外為法を施行した。
改正法の政省令では、アクティビストによるコア業種への投資をけん制できるような仕組みが盛り込まれており、ある官庁の幹部は「制度改正は東芝をアクティビストから守ることも意識されていた。車谷氏ら東芝の関係者が首相官邸などに働き掛けて実現したとの見方もある」と証言している。
このアクティビスト対応に関連し、複数の米英メディアは、20年7月の株主総会の直前、経産省に近い金融専門家が、東芝株主の米ハーバード大学の資産運用ファンドに対し、エフィッシモなどの敵対的な株主提案に賛成すれば「改正外為法に基づく調査対象になり得る」と圧力を掛けていたと報道。車谷氏の意向を受け、経産省側が動いたといった観測も広がり、エフィッシモは20年の総会の議決権行使の状況について、調査を求めた。
エフィッシモの提案は今年3月18日の臨時株主総会で賛成多数で承認され、6月の総会に向けて弁護士らによる調査が進んでいる。こうした状況下、CVCは東芝に4月6日付で買収を提案したことになる。
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