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戦後保守政治の裏側14 なかにし礼氏の“しなやかな反骨” 戦争の記憶を刻み込む執念

「亡郷者」の悲しみ

 なかにし氏は、満州で敗戦を迎えた人々は、国家に見捨てられたという。満州の関東軍に捨てられ、日本の政府にも捨てられた。外務省は敗戦前日の1945年8月14日に、「居留民はできる限り現地に定着せしめる方針を執る」と、在外機関に通達していたのだ。あれだけ満州移住を勧めていた政府が、負けたとたん「帰って来るな」と棄民した。そして、捨てられた多くの日本人が虐殺され、残留孤児となり、兵士はシベリアへ抑留され命を落とした。

 「国家はね、いざとなるとどんな残酷なことでもする。嘘もつくし、国民を犠牲にする」

 常に穏やかな語り口だったが、政治の話になると、厳しい表情でこう繰り返した。

 命からがらたどり着いた祖国日本では、「満州、満州!」と蔑まれ、「お前たちに食わせる米はない」と小突かれる、つらい差別にもさらされた。

 日本という国への反発が強くなった。だから日本的なものを嫌悪した。作詩に日本古来の七五調は使わなかった。「古今和歌集」の昔から、日本人の心を捉え、支配してきた音律だ。その象徴が軍歌だった。なかにし氏にとって七五調は、死をも美化する「魔性のリズム」だった。

 だからこそ、拒否し、破壊し、新たな歌の世界を創造した。そして、その新たな世界に、多くの人々が魅せられ、共感し、数多のヒット曲が生まれたのである。

 満州という祖国を失い、日本という祖国に見捨てられ、戻ってからも疎外された「亡郷者」としての悲しみが、戦争の記憶を歴史に刻み付けようとする、なかにし氏のエネルギーになっていたのではないかと私は思う。

 「国に恨みもある。翻弄され、苦しめられた。しかし、その国に拾われ、育てられ、今日があるわけで、国に対する愛情はあります。しかし、政府は国とは違う。政府は、国家を運営する一つの機関だ。政府を愛することはない。間違った運営をする政府には異を唱えますよ」

 国への愛憎は、しなやかな反骨精神となって、内面に宿り続けた。なかにし氏は、あるラジオ番組で、こういう話をしている。

 「軟派で、異端であることが私のモットーです。軟派であるということは、直線的ではなく常に曲線、角張っていない。異端ということは、ある主義のど真ん中にいないということ。人間は主義という言葉を発した瞬間に硬直する。愛国心はとてもいい。しかし愛国主義となったとたんに排他的になり、敵ができる」

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