プロ野球で4年続けて日本シリーズを制覇しているソフトバンクにあって、「扇の要」として守りを支えるのが甲斐拓也捕手(28)だ。2020年は自身2度目のベストナインに選出され、4年連続のゴールデングラブ賞も受賞した。「甲斐キャノン」と称される強肩を最大の武器に、常勝チームに不可欠な存在となっている。育成入団から今季で11年目。正捕手としての苦悩やプレッシャーを乗り越え、さらなる進化を目指している。(時事通信福岡支社編集部 近藤健吾)
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絶対的なエースの千賀滉大投手、昨季盗塁王を獲得した周東佑京内野手、牧原大成内野手ら育成出身の選手が主力に名を連ねるソフトバンク。今や球界随一と言える「育成球団」になった。甲斐もその一人で、地元九州の大分・楊志館高から育成ドラフト6位で11年に入団した。千賀と牧原は同期入団、同学年だ。千賀は愛知・蒲郡高から育成4位、牧原はやはり九州の熊本・城北高から育成5位。育成選手は3桁の背番号を背負い、主に2、3軍の試合が主戦場。1軍の公式戦に出場する資格はなく、支配下選手登録を目指してひたすら汗を流す。
甲斐は入団当初、「130」を背負い、ファームの試合で下積みを重ねた。13年11月に念願の支配下選手登録を勝ち取ると、背番号は「62」に。17年に春季キャンプでA組に入ると、同年から1軍に定着。103試合に出場し、打撃でもプロ初アーチを含む5本塁打を放つなど、着実にレギュラーへの道を歩んだ。
広島の機動力を封じた強肩
翌18年の日本シリーズで、衝撃が走った。甲斐の強肩だ。相手の広島は同年のセ・リーグ最多となる95盗塁。自慢の機動力を、甲斐が完全に封じた。6連続盗塁阻止に成功。シリーズを通じて一度も盗塁を許さず、チームの日本一に貢献した。育成出身選手としては史上初の最高殊勲選手(MVP)に選ばれ、全国の野球ファンを中心に「甲斐キャノン」の名称が知れ渡った。
甲斐の飛躍を物語る数字がある。入団当初の年俸は推定で270万円。20年に1億円の大台を突破すると、年末の契約更改でサインした今季の推定年俸は1億6500万円。入団当初と比べ、60倍以上へと跳ね上がった。
数値が示す高い守備能力
守備成績はどうか。20年シーズン、守備に就いたイニング数は862回と3分の1で、これは12球団最多。2位は西武の森で785回。甲斐がいかに「正捕手」にふさわしいかが分かる。アウトの成立の補助をする「補殺」、つまり捕手なら盗塁阻止やバント処理、振り逃げした打者を一塁でアウトにするなどした回数は「88」で、こちらもリーグ最多だった。盗塁阻止率は太田光捕手(楽天)に次いで2位の3割2分8厘。これらの数値も、甲斐の守備能力の高さに表れている。
地肩の強さに加え、盗塁阻止のすべを支えているのは送球の精度だ。握ってから送球までの一連の動作について、かつてチームの名捕手で今はソフトバンクの会長付特別アドバイザーを務める城島健司さんが、こう話していた。昨年のキャンプである日、甲斐の送球練習を見終えた後のことだ。試合で投球を受けた捕手が、すかさず二塁などに送球する際、きっちりと球を握れるのは50球中わずか4~5球程度だという。その上で「甲斐の送球は全部(の球)が(受ける野手の)胸から下に行っている。そこにスローイングのすごさをみた。ホークスにとって甲斐の肩は最大の武器として戦っていける」。球をきちんと握れていないにもかかわらず、下半身の力を腕に伝えて正確に送球している点が優れているという。 「肩は強いキャッチャーはいっぱいいる。それ(甲斐の正確な送球)がもっとすごいことだと評価してほしい」
体を張ってブロッキング
今年2月の春季キャンプでは、城島さんの助言も踏まえて送球に一層の磨きをかけた。第3クール1日目の2月9日。約30分間にわたって個別指導を受け、「試合の中では(思うように)握れないことの方が多い。握れるようにするために、まずは芯でしっかり捕ることが基本になる」。城島さんからは、走者がスタートを切るタイミングや自身の体勢が崩れた時など、試合中のさまざまな状況に適応できる送球術の必要性を説かれたといい、「城島さんに見てもらって教えてもらって、僕にとっては間違いなくプラス。守備も打撃も、キャッチャーとしてもたくさん話をさせてもらった」。大先輩からの教えに、確かな手応えを感じていた。
球の握りと送球以上に、甲斐が大切だと位置付ける技術がある。ワンバウンドした投球を後ろにそらさないブロッキングだ。盗塁を阻止する以前に、「盗塁されやすい状況」をつくらないために必要だと強調する。「盗塁される数はワンバウンド(する時)の方が多い。ランナーに一つ進められると全然違うし、投手としても全然違う。捕手として一番求めている」。とりわけ千賀の代名詞でもある落差の大きい「お化けフォーク」は、打者の手前でワンバウンドすることが多い。甲斐が体を張って暴投を防いだシーンは昨季もあった。
盗塁敢行の走者を刺す以前に、盗塁されやすい状況をつくらない―。ソフトバンクが昨年のレギュラーシーズンで盗塁を企てられた数を調べたところ、91回でパの球団では最少だった。そのうち、盗塁を許したのが63回、アウトにしたのが28回。全120試合のうち8割以上の104試合で甲斐がマスクをかぶったことを考えれば、相手チームの走者にとって、甲斐が守っていることで心理的にも「盗塁しにくい状況」ができていたのかもしれない。
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