会員限定記事会員限定記事

NHL目指す平野裕志朗の志 コロナに翻弄も、ぶれない視線

小学生の目線になって指導

 昨年11月中旬のある日。平野は夜、東京都内の室内アイスホッケー練習場にいた。横浜グリッツが主催する「平野裕志朗シューティングクリニック」の講座で小学生を指導。自分が持ち味とするシュートの打ち方を教えていた。時折、子どもと同じ目線になるように座りながら、優しく語り掛けた。「できなくてもいい。できるようになるのが練習だよ」「シュートを振り切って」

 教室は10月から3クールにわたり、計13日間行われた。各日50分の枠を三つ用意。1枠1万6000円と決して安くはないものの、平野の人気は高く完売。アイスホッケーに打ち込んでいる小学2年生から60歳までのプレーヤーが、指導を仰いだ。

夢見る子どもたちと貴重なひととき

 横浜市在住のババレ・アミルくん(9)は3度も参加した。カメルーン出身の父を持ち、競技歴は3年半だという。「足の位置や手の持ち方、目でゴールを見ることを教えてもらった。説明が分かりやすかった」と感想を語った。母の怜子さんによると、アミルくんは家でも、平野に教えてもらったことを意識しながら自主練習している。「シュートが強くなったように思う」と胸を張り、「すごく特別な人に教えてもらえてうれしかった。格好よかった」とうれしそうだった。

 福岡から参加した小学4年生の男児(10)も、「すごく貴重な体験」と目を輝かせた。技術を教えてもらうだけでなく、目標設定の仕方について話してくれた時間が貴重だったという。「まずは日本代表になって、NHLのトップに行けるように、もっともっと練習してうまくなりたい」と夢を膨らませている。そんな子どもたちの視線の先に、平野がいる。「自分が結果を出すことが最優先。でも、一人でやる競技ではないので、そこに続いてくれる子どもたちがいないと駄目」。平野は力を込める。

心機一転のはずが…

 横浜グリッツとの契約終了が近づいた11月中旬。18~19年シーズンにECHL中地区を制し、19~20年もシーズンが打ち切られるまで首位を走ったサイクロンズが平野の加入を発表した。新たな環境を求めていた中、サイクロンズの監督から電話で「お前が必要だ」と言われて即決。昨年3月までプレーしていた同地区のネイラーズは2シーズン続けて最下位だっただけに、強いチームに認められた形だ。

 「やることは変わらないので不安はない。結果や数字が大事なのはもちろん、見ている人全てに平野が必要だと思ってもらえるような選手になることが大切。25歳は若いとは言えないので、ここ3年で上り詰める気持ちでやる」。サイクロンズの発表直後、平野はオンライン取材で決意を語った。11月22日に本拠地での東北との試合後に退団セレモニーが行われ、同29日には渡米前の最後の試合となるはずだった敵地での栃木日光戦に出場した。ビザの手続きも始め、渡米の準備をしていた段階。心機一転、勝負のシーズンに向けて心躍らせていた。ところが―。

自分と向き合った2日間

 12月に入って事態が急転。サイクロンズからシーズン不参加を通知するメールが届いた。「うわ、どうしよう…と。きつかったというか、どうすればいいのかという気持ちになった」。チームのサイトによると、新型コロナによる州の規定で、ホームリンクの試合での入場者数が限られることなどが不参加の理由。苦渋の決断だったことは、平野も理解した。とはいえ、簡単に受け止めることはできなかった。「この1年を米国で過ごすのか、日本で過ごすのか。かなりの違いがある。(米国は)72試合あるし、日本だったら30試合程度。どう捉えて、自分で整理して過ごしていくのかを考えるのに、2日かかった」

 その2日間。誰にも相談せず、自分とのみ向き合った。自らの道を決めるタイミングでは、いつもそうしてきたからだ。導いた結論は「何が起こっても自分にとっての壁。その壁がないと何も魅力を感じないので、それも一つの、成長するためのきっかけ。(米国へ)行きたい気持ちはまだまだある。その中で次に行けるまでに何を準備できて、日本での生活で自分に取り入れていけるかは日々の戦いだと思った」。そう切り替えてからは、もう前を向いていた。

北米で必要とされる選手に

 北米チームから新たなオファーは届かなかった。もっともECHLでは、サイクロンズ以外にも10チーム以上がシーズン不参加。「何百人という人が途方に暮れている。平野を呼びたいと言ってくれるチームがあればいいが、まだそれだけ必要とされる選手になってないのが現実。その悔しさは持っていたい」。そんな胸の内を明かした。

 12月28日、横浜グリッツは平野と3月末まで契約を延長すると発表した。北米からオファーがあれば、すぐに移籍できる内容だという。サイクロンズには、既に競技を諦めて仕事を始めたチームメートもいるそうで、「自分は幸せ。彼らからすると、うらやましい立場。(米国に)行けなかったからどうしよう、このシーズンはもう駄目だという人間になっているなら、その人たちに申し訳ないし、プロとしてやる資格もない」。自らを奮い立たせるように話した。

日本を背負って、飽くなき挑戦

 緊急事態宣言が発令された影響で、ジャパンカップのスケジュールが変更。横浜グリッツの8試合が中止になった。チームはここまで未勝利。「現実は変えられないので、2月まで準備できたのかなと、いい意味に捉えている。初勝利だけではなくて、後半戦は毎試合勝てるようなゲーム展開にできるように」

 この1年、多くの逆境があり、それでも前向きに進んできた。その理由を問うと、「上に行きたい気持ち、目指すものがあるから」。そして、こう付け加えた。「高校生の時は、NHLに行きたいという気持ちだけ。でもプロになって、応援してくれる人がいる。自分だけが目指して、好き勝手やっているものではない。日本を背負っている以上は責任を取らなきゃいけない。だから、甘んずることなくやっていきたい」。飽くなき挑戦を続ける。

◇ ◇ ◇

 平野 裕志朗(ひらの・ゆうしろう) 1995年8月18日生まれの25歳。 北海道苫小牧市出身。父の利明さんが古河電工(現栃木日光)、おじの克典さんが王子製紙(現王子)でともにアイスホッケーの選手だった影響を受け、3歳で競技を始める。北海道・白樺学園高を卒業後、2014年にアジアリーグの東北に加入。18年からはNHL3部ECHLのネイラーズでプレー。2シーズンで119試合に出場し、92ポイント(32ゴール、60アシスト)。19年1月には2部AHLのWBSペンギンズと契約し、出場1試合で1アシストを記録。ポジションはFWで、シュートが持ち味。日本代表でも主力。185センチ、98キロ。NHLへの強い思いから、NHLのロゴをスマートフォンの待ち受けに設定している。(2021年2月2日掲載)

◆スポーツストーリーズ 記事一覧

新着

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ