人類が地球上の6大陸に続いて「月」を7番目の新大陸として目指している。日本も2022年度に小型探査機を打ち上げるが、タンパク質や水まで確保できるようになった月面で、現時点で唯一自足できないのが生鮮食品。月面で「甘いミニトマト」をいかに育てるか。ロケット技術では大国に負けても、何とか青果を作る農業技術ではまだ勝てるのではないか。そうした「夢」に向かって研究にいそしむ会社がある。(時事総合研究所客員研究員・長澤孝昭)
JAXAプロジェクトに協力
昨年10月14日~16日に千葉県の幕張メッセで開かれた第10回農業Weekをのぞいたら、「JAXA『月面農場』プロジェクトと、ロボットによる無人農業生産システムの開発について」と題する講演テーマが目にとまった。講演したのは銀座農園(東京・銀座)の飯村一樹社長。2007年10月創業のロボットテクノロジーを活用したEV農機の開発ベンチャーのトップだ。シンガポールで高糖度トマトを生産し、郷里の茨城県下妻市には研究農場も持っている。福島県南相馬市にロボティクスセンターを持ち、東京都板橋区にはAIラボも開設。「テクノロジーで農業の未来を豊かにする」ことをビジョンに掲げている。
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が食料を月面で栽培する「月面農場」の検討を始めたのは17年3月。その中で「機械やロボットを使って自動化・無人化しながら食物を生産したい」というJAXAと、かつてシンガポールの赤道直下でおいしいミニトマトを生産するプロジェクトを行ったことのある銀座農場の思いがマッチした。京都大学や東京工業大学との共同研究だ。
JAXAにとって効率よく短時間で多様な宇宙を広く深くとらえる挑戦的な探査を行うにはどうしても民間の力が必要だった。探査研究のあり方をそれまでの国立研究開発法人による「発注型」から民間企業による「参画型」に変えたのもそのためだ。この結果、月面農場などJAXAプロジェクトに参加する民間企業は20年9月時点で102社(うち中小ベンチャー企業47社)、大学・公的機関が52機関(うち宇宙実績ありの企業9社)となり、約9割が非宇宙企業・大学だった。共同研究は94件に上り、既に光ディスク技術を応用した小型光通信装置(ソニーコンピュータサイエンス研究所)や持続可能な新住宅システム(ミサワホーム)、月面拠点の自動化施工(鹿島建設)などで成果が表れている。
トマト生産を提案
銀座農場の飯村氏は09年5月、東京・銀座で100平方メートルのコインパーキングを借り上げ、農家100人を集め本格的なコメづくりを行った。10年には有楽町で産地直送の旬の野菜や果物を購入できる市場「交通会館マルシェ」を立ち上げ、人気マルシェになるまで育て上げ、現在も続いている。12年にはシンガポールに進出し、高糖度トマトの生産に乗り出した。小田急電鉄ともトマト生産に関して資本提携するなどやり手のビジネスマンでもあった。
銀座農場のトマトはフルーツのように甘くて酸味が強いのが特長で、投資家からは「こんな甘いトマトを作れるのなら」と具体的なオファーもあってビジネスも実現間近まで行ったこともある。しかし、あと一歩のところで資金がショートし、撤退を余儀なくされた。海外であれほど打ち込んだトマトだったが、捨てる人あれば拾う神もあるものだ。18年にJAXAからのオファーもあって、銀座農場の提案がうまくミートし、採択されたという。
JAXAは政府の方針に基づき、15年4月に異分野の人材・知識を集めた新組織「宇宙探査イノベーションハブ」(TansaX)を神奈川県相模原キャンパス内に立ち上げ、約30人体制で新しい活動に取り組んだ。月面農場は月面での農産物の栽培を想定したシステムだ。月や火星で探査を行うためには長期滞在が必要で、地球からの補給に頼らずに人類が生きていかなければならない。そのための手段を確保する必要がある。
既にバイオベンチャー企業グループの中核企業ちとせ研究所が「穀物に頼らないタンパク質生産システム」を提供しているほか、キリンホールディングスも「袋培養型技術を活用した病害虫フリーでかつ緊急時バックアップの可能な農場システム」を開発。ビタミンC源となるレタスや炭水化物源のジャガイモ、タンパク質源となるダイズ苗の栽培に成功した。さらにはパナソニックも玉川大学と共同でジャガイモの栽培方法を研究している。
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