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PCR検査の現実 コロナ禍と向き合う医療従事者の姿

「向こう向いたままで!」

 PCR検査というのは、防護服にマスク、フェイスシールドの完全防備の医療スタッフが、鼻や喉からサンプルを採取してくれるものだと思っていた。1月のある日、都内にある一般クリニックで私を迎えたのも、そんな姿で準備したスタッフ2人だった。

 2日前から喉が痛む風邪の初期症状があった。熱を測ると37度ちょうど。だが、倦怠(けんたい)感もなければ、味覚や嗅覚の異常もない。とはいえ、風邪を引くとせきが止まらなくなる「せきぜんそく」を持っていたから、肺炎には警戒していた。それに、仕事で人に会わなければならない用件もある。新型コロナウイルスに感染していたとしたら、私個人の問題ではない。東京都発熱相談センターに問い合わせると、対応できるこのクリニックを紹介され、PCR検査を受けることになった。そこで私が体験した医療現場の実態は―。(作家・ジャーナリスト 青沼陽一郎)

◇ ◇ ◇

 「そのまま、こっちに来てください」。クリニックのエレベーターのドアが開くと、待ち受けた完全防備のスタッフはそう言って、廊下を真っ直ぐ進んで突き当たりの扉の開いた部屋に入るように指示した。そこにはCTスキャンが置かれていた。「そこに向こうを向いて座ってください。荷物はすぐ隣に置いて」。指示の通りにCTのベッドの上に、部屋の奥を向いて座る。狭い部屋だったが、私の座ったその先には、非常階段につながる扉があり、そこが開け放たれていた。よほど換気に気をつけていることが分かる。

 次の瞬間、背後から声がした。「それでは、これを指でこの辺りで持って…」。そう言って右の肩越しに細長い綿棒のような検査器具を差し出してきた。手袋をした手で、先から5~6センチの場所を指で挟んでいた。「指が鼻の穴に当たるまで突っ込んで、それからグリグリと5回ほどやってください」

 え? それをやってくれるものだとばかり期待していた。自分でやれ、と言う。ちょっと驚いて、聞き返そうとすると、「ああ! 向こう向いたままで!」。私を感染者として扱い、相当に恐れているのが分かった。致し方ない。私はその検査器具を指で挟んで持つ。また背後から声がした。「マスクは下にずらして鼻だけ出してください。口は覆ったままで」。少し戸惑ったが、やるしかない。言われた通りにマスクをずらすと、まず右の鼻の穴に差し込んだ。涙があふれてくる。我慢して指でつまんだ辺りまで鼻の奥に押し込んだが、痛みで「グリグリ」なんてできそうになかった。やってみても、あまり効率的に棒の先が回らない。それでも粘膜は取れたように思えたので、それを引き抜くと、今度は左の鼻腔に同じように差し込んだ。濡れた先を反対側にも入れるのは、やはり気持ちのいいものでもない。それでもグリグリやって引き抜く。これでサンプルの採取がきちんとできているのかどうか、まったく自信がなかった。訓練も受けていないし、初めてなのだから。それでも、言われたことはやったつもりだ。

 完了を告げると、後ろから右肩越しに伸びてきた手袋の手に、それを渡した。それから1分もたたずに、「はい! オッケーでーす!」と、どこか安堵(あんど)したような弾む声がした。よもや、「自分で検査をする」ことになるとは思ってもみなかった。これが医療現場の現実だった。

会食だけが悪者か

 驚かされることは他にもあった。クリニックを訪れる前に、東京都発熱相談センターに電話したときのことだ。なかなかつながらず、複数回かけ直してようやく相談員の女性と話ができたのは、夜7時を過ぎてからだった。そこで私は、自分の症状を伝え、感染の心当たりのないことを強調した。事実、この2週間は人との接触を控え、食事も買って来たものを自宅で取り、原稿を書いて過ごした。同居人もいない。感染したルートが思い当たらない。

 すると電話の向こうでは、すぐに事情を理解したように落ち着いた口調で意外なことを言った。「今は、真面目にコンビニやスーパーしか往復していないのに、感染している人も出ているんです」。だから、私が感染したとしても何の不思議もない、という口ぶりだった。そして、こう続けた。「どうやら、買い物かごから感染しているとみられています」。驚いて聞き返すと、彼女は繰り返した。「ウイルスが付着した買い物かごを触った手で、そのまま口や鼻などを触れば感染します」

 東京都によると、1月27日時点で都内の7日間の1日当たり平均新規陽性者数は1045.6人。この間のPCR・抗原検査人数は1日9308.6人にも上る。陽性率は8.4%だ。東京都は、感染経路を追跡する積極的疫学調査を22日から縮小しており、ここ最近の感染経路不明者は新規陽性者の5~6割を占める。

 政府や専門家は、これら感染経路不明の多くが会食の場を通じたものだとして、とにかく会食自粛を喧伝(けんでん)している。しかし都の現場は、もっと違った感染経路を認識している。そのことの注意喚起が足らず、市中で暮らす人たちに周知されていないのではないか。

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