フィリピンは地理的・文化的に多様性に富む国だ。首都マニラが位置する最大の島ルソン島でも、北部の山岳地帯6州にまたがる「コーディリエラ地方」で、さまざまな少数民族がおのおのの伝統文化や言語を大切にしながら暮らしている。世界遺産にも指定されている棚田群などはそれを示す一例だ。
同地方の中核都市バギオで、日本人女性が代表を務める環境NGO「コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)」が2001年から活動を続けている。設立者で代表の反町眞理子さんは、スタッフである先住民族の若者たちとともに、植林事業や環境教育などの事業を次々に手掛けてきた。近年の主要なプロジェクトは、山岳民族の農家と協働による森林農法(アグロフォレストリー)コーヒーの栽培と販売だ。
先住民族の山と文化が失われていく
その山深さによって、スペインの宣教師がそれほど多く入らなかった同地方には、多様な言語、習俗、舞踊、民族衣装、手工芸や農耕儀礼の数々が今でも息づいている。反町さんが惹(ひ)かれたのは、その文化だけでなく、それを守り育んできた人々や共同体、自然だった。「山奥の村の暮らしでは、何もかもがそこにあるものを材料にして、人の手によって作られていました。村ではゴミ箱というものが存在しないのです。ちょうど世界中で環境破壊が明るみに出てきた頃だったので、日本を含む先進国の人たちが見習うべき暮らしがある思いました」と反町さんは回想する。
一方で、同地方は1980年代から2000年代にかけて、開発の波にのまれた。森は切り払われ、山肌は段々畑に変えられ、高原野菜(キャベツ、ニンジン、ジャガイモ、白菜など)が植えられていった。山々の保水力は落ち、水資源が枯渇、地滑りなどの災害も増加した。作物の栽培効率を上げるために多量の農薬が必要となり、農家の健康被害も問題となっていた。
さらに同地方は、第2次世界大戦前から金や銅を産出する鉱山地帯でもあり、土壌侵食や水質汚染も問題となっている。先祖伝来の土地が損なわれていると思いながらも、生活のために鉱夫として働く人は多い。鉱山開発に対する意見の違いからコミュニティーが分断される悲劇も起きている。
反町さんは「先住民族が古来受け継いできた自然と調和、共生するという叡智(えいち)が失われつつある。彼ら自身がその価値に気付き、自身の手で自然の再生を行うことが必要」と感じ、先住民族の人たちとともに、環境NGOを立ち上げるに至った。
設立当初から手掛けてきた事業のひとつは植林だ。先住民族としてこの地域の環境・文化・言語にも精通し、かつ森林官という国家資格を持つスタッフが、苗木の栽培から植林先の村々との協力体制の構築まで中核的な役割を担った。こういった植林事業は日本企業を含む国内外の企業が支援し、CGNの主要事業のに成長した。
先住民族への若者に対しては、奨学金プログラムのほか、演劇をツールとした環境教育のプログラムも提供している。若者ら自身がコーディリエラの文化や自然、今抱える問題を学びながら、演劇作品をつくり上げていくものだ。
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