ロードのハーフマラソン日本新記録に始まった2020年を、トラックでの驚異的な日本新記録で締めくくった。12月4日、陸上長距離種目の日本選手権(大阪・ヤンマースタジアム長居)。女子1万メートルの新谷仁美(積水化学)は、従来の日本記録を18年ぶりに28秒以上も塗り替えて優勝し、東京五輪の切符をつかんだ。
「日本新記録で優勝を目指す。世界と戦うためのレース展開をしていきたい」。大会前に、はっきりと目標を宣言していた。堂々たる有言実行だ。24歳で臨んだ12年ロンドン五輪では同種目11位。当時との違いを問われ、「強い味方ができたことが一番大きな要因かな」と照れ笑い。32歳での快挙達成の裏には、深い絆で結ばれた仲間のサポートがあった。(時事通信運動部 青木貴紀)
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長距離の日本選手権に向けて練習を順調にこなし、仕上がりは上々。それでも、極度の緊張に襲われていた。「恐怖でいっぱい。年々、恐怖が増している。結果が出なかったでは済まされない話。ミスは一切許さない」。走ることは「仕事」、自身を「商品」と表現し、結果に対して人一倍強いこだわりを持つからこそ不安は大きい。
新谷は11月、かねて指導を仰いでいる横田真人コーチに正直な思いを打ち明けた。「最初の2000メートルまでリズムをつくってもらえるだけでも、気持ちとして楽な部分がある」。横田コーチは、新谷が所属する積水化学の野口英盛監督に相談。野口監督がチームの佐藤早也伽に話を持ちかけると、「喜んで引き受けます」と快諾してくれたという。
迎えた本番。佐藤はスタートから100メートル付近で腕時計を確認し、覚悟を決めた顔つきで先頭に立った。新谷は佐藤の後ろにぴたりと付く。1周目を72秒、2周目を73秒とラップを刻み、1000メートルを3分2秒で通過。快調なペースで引っ張った。
男子100なら「9秒94」
リズムに乗った新谷は2000メートルの手前で先頭に出ると、4000メートル付近まで1周71秒、その後も同73秒と圧巻のラップで走り続けた。5000メートルの通過は15分7秒。単一種目の5000メートルで2月に出した自己記録(当時)と同じタイムだから、驚くべきペースと言える。
終わってみれば、自己ベストで2位になった東京五輪マラソン代表の一山麻緒(ワコール)を除き、19人を周回遅れにしてしまう圧倒的な走り。30分20秒44の日本新を樹立した。このタイムは20年の世界2位、19年でも世界2位となる記録。世界陸連が種目ごとの記録を得点化する「スコアリングテーブル」では1229点となり、男子100メートルに当てはめれば9秒94に相当する。大会前の宣言通り、世界トップクラスの快走を見せつけた。
「早也伽ちゃんの心意気が救い」
佐藤も粘り強く走り、3位に食い込んだ。新谷に1周遅れながらも、東京五輪参加標準記録まで5秒ほどに迫る31分30秒19の自己新。レース後、新谷は佐藤の元に駆け寄って強く抱き締め、感謝の思いを伝えた。佐藤の引っ張りがなくても、日本記録を更新していたに違いない。でも、ペースメークそのもの以上に、日本一を争う大舞台で自分のために喜んで協力してくれる気持ちやその姿が何よりも大きな力となった。「早也伽ちゃんの引っ張る心意気が本当に救いだった。引っ張りを無駄にしたくないという思いで、最初から良いリズムで走れた」
2014年に一度引退した時は周囲に信頼できる存在はなく、孤独だった。だが、今は違う。17年夏に競技復帰してから指導を受けている横田コーチは、現役時代に男子800メートルでロンドン五輪に出場した実績を持ち、同種目の前日本記録保持者でもある。指導者として常に選手目線で考え、コミュニケーションを取り、最高のパフォーマンスを発揮できる環境を整えてくれる。
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