プロ野球でシーズンの活躍が顕著だった先発完投型投手に贈られる「沢村栄治賞」に、今年は中日の大野雄大(32)が選ばれた。選考は事実上、11勝の大野雄と14勝した巨人の菅野智之(31)との一騎打ち。決め手は大野雄の10完投だった。先発、中継ぎ、抑えの分業制が確立されて久しく、それぞれに高い価値観がある今のプロ野球界で、2桁完投はキラリと光る。新型コロナウイルスの影響でシーズンが短縮されただけに、重みが増す。一方ではここ数年、完投数などのハードルが時代にそぐわないとの見方もあり、沢村賞の権威をめぐるギャップやジレンマが積年の課題になっている。(時事通信運動部 石川悟)
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沢村賞は、戦前のプロ野球創成期に名投手として鳴らした巨人のエース、沢村栄治の功績をたたえ、戦後の1947年に制定された。70年を超える歴史がある。2リーグ分立後の50年から88年まではセ・リーグだけ、89年以降はパ・リーグも選考の対象に加わり、投手にとって最高の栄誉とされる。47年の初代沢村賞は別所毅彦(当時は別所昭)。シーズン47完投という、今となっては別次元でおそらく破られることのないプロ野球記録を残した。
選考委員は堀内恒夫さん(元巨人)を委員長に、平松政次さん(元大洋)、村田兆治さん(元ロッテ)、山田久志さん(元阪急)、それに今回は病気療養のため欠席した北別府学さん(元広島)の5人。いずれも現役時代は球界を代表するエースで、通算200勝以上をマークした。基準となっている「15勝」「150奪三振」「10完投」「防御率2.50以下」「200投球回以上」「25登板以上」「勝率6割」の7項目に照らし合わせ、選考を進めた。
大野雄と菅野に絞られる
堀内さんによると、今年の選考は新人で10勝した森下暢人(広島)や、いずれも11勝でパ・リーグ最多勝を分け合った千賀滉大と石川柊太(ともにソフトバンク)、涌井秀章(楽天)らの名前も挙がったが、最後は大野雄と菅野に絞られた。
7項目の成績は、大野雄が①11勝②148奪三振③10完投④防御率1.82⑤148回3分の2⑥20登板⑦勝率6割4分7厘。シーズン終盤にはセ・リーグ歴代5位の45イニング連続無失点を記録するなど、完封勝利も6試合あった。2桁完投、6完封は18年に沢村賞を受賞した菅野(10完投、8完封)に匹敵する好成績だ。その菅野は①14勝②131奪三振③3完投④防御率1.97⑤137回3分の1⑥20登板⑦勝率8割7分5厘。3年連続で開幕戦に先発して勝利投手になると、そこから無傷の13連勝。岩隈久志(近鉄)が持っていた開幕投手の連勝記録「12」を16年ぶりに塗り替え、チームの独走優勝に大きく貢献した。
短縮シーズンでも10完投
今年はコロナ禍でペナントレースが例年の143試合から120試合に縮小。そのため、勝利数や奪三振など積み重ねの数字をクリアすることは例年よりも難易度が増した。「今年は特別な年。過密日程でもあり、選手はコンディションをつくるのに苦労したと思う。その中で戦ってきて、出てきた数字は尊重しなければならない」と堀内さん。異例のシーズンだっただけに、選考基準にとらわれることなく、純粋に今年の成績を重視したと強調。大野雄の受賞理由に「防御率、奪三振、投球回、完投数など、1位の数字が菅野投手よりも多かった」と総合力を挙げ、中でも「10完投」が選考委員から高い評価を得たという。
2000年以降に沢村賞に選出された20人(03年は2人が同時受賞、00年と19年は該当者なし)のうち、基準7項目を全てクリアしたのは07年のダルビッシュ有(日本ハム)、09年の涌井秀章(西武)、11年の田中将大(楽天)、18年の菅野。約20年で4人しかいない。完投数(10)が高い壁となっているのが現状だ。今年までの選出20人を見ても、この壁を乗り越えたのは「満点」の4人と、12完投だった01年の松坂大輔(西武)、今回の大野雄だけ。選考委員の平松さんは、大野雄を「沢村賞にふさわしい先発完投という本来の姿を見せてくれた」と絶賛した。
沢村は「30試合登板で24完投」も
伝説の剛腕、沢村自身はどうだったのか。巨人入りする前、静岡・草薙球場で米大リーグのベーブ・ルースらを相手に快投。その快速球は打者の手元でグッと浮き上がったとも、「懸河のドロップ」と言われた縦に大きく割れるカーブは3段にわたって落ちたとも伝えられている。プロ生活は1936年春からで、翌37年秋まで(当時は年に2シーズン)が全盛期。とりわけ37年春はチーム56試合のうち30試合に登板して24勝4敗、7完封を含む24完投、防御率0.81という圧巻の成績を残した。
その後は戦地に赴いて肩を痛めるなどして輝きを取り戻せず、43年を最後に引退し、翌年に27歳で戦死。通算105試合の登板で63勝22敗、防御率1.74。ノーヒットノーランはプロ野球第1号を振り出しに3度も達成した。背番号「14」は巨人の永久欠番になっている。
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