会員限定記事会員限定記事

孤高の天才ランナー新谷仁美を変えた出会い マラソン挑戦「可能性ある」

会社勤めを経て戻った天職

 「走ることは嫌いです。苦しさしかない。でも『仕事』なので。お金をもらっているんだから、嫌とか言ってられない。やらなきゃいけない」。ここまで包み隠さず、はっきりと言ってのける。新谷仁美(32)=積水化学=は、ただのアスリートではない。2020年1月にハーフマラソンの日本新記録を樹立した女子長距離界をけん引するトップランナー。「速く走ってなんぼの世界」と強烈なプロ意識を持ち、結果にとことんこだわる。

 1万メートルで12年ロンドン五輪9位、13年世界選手権(モスクワ)5位入賞とまばゆい実績を残しながら、14年に25歳の若さで突然の引退。18年6月にレース復帰すると、わずか2年余りの間に自己記録を次々と塗り替え、東京五輪出場は射程圏だ。「絶対にない」と断言していたフルマラソン挑戦も、今では「可能性はある」と話す。帰ってきた天才肌は、信頼する指導者と一緒に変化を恐れず、世界の表彰台への階段を駆け上がっている。(時事通信運動部 青木貴紀)

◇ ◇ ◇

 「楽しいことはなく、全てがつらかった」。14年1月。新谷は引退会見でこう話し、表舞台から去った。会社勤めの生活を送った約3年半は、一切走らなかった。運動は夏に向けて「新しい水着を着て、良い出会いをするため」に腹筋する程度。体重は10キロ以上も増えた。そんな彼女がなぜ競技復帰を決めたのか。答えは単純明快だ。

 「正直、私にとってデスクワークは難しくて、走る方が特技だし、自分に合っていると気付いた。何よりやりがいを感じる。アスリートの方がアトラクションの絶叫マシン的な人生を送れて、生きている実感が湧く」

 17年夏、新谷は大嫌いな「天職」に再び就いた。縁あってコーチを引き受けることになったのが、同学年で共にロンドン五輪に出場した男子800メートルの前日本記録保持者、横田真人さん(TWO LAPS代表兼コーチ)だった。後に「化学反応」を起こす2人の間には、しばらく高い壁があった。最初の競技生活で「家族以外はみんな敵」と苦悩を一人で抱え込んだ新谷は、なかなか周囲に心を開かなかった。

心の壁を取り払ったチーム解散話

 アスリートに戻ってから1年がたった頃、転機が訪れる。いよいよ5年ぶりの復帰レースに臨もうとした矢先、当時所属していた「ナイキ TOKYO TC」が解散する話が持ち上がった。これを機に、新谷と横田コーチは初めてじっくりと語り合った。

 横田コーチ「チームがなくなるけど、新谷はどうする? 新谷がよければ、僕は一緒にやりたいと思っているよ」

 新谷「横田さんに付いていきたいです」

 2人の「壁」が取り払われた瞬間だった。新谷は「横田さんに対して、『信用』は既にあった。この人と『信頼』をつくりたいという思いがあったからこそ、お願いしました」と当時を回想する。

 18年6月に実戦復帰を果たし、「その時期ぐらいから、毎週速くなっていった」(横田コーチ)。19年4月のアジア選手権(ドーハ)で6年ぶりに日の丸を背負い、1万メートルで2位。同じドーハで秋に開催された世界選手権では1万メートルで11位となったが、メダルに届かず「ただただ、日本の恥だと思った」。厳しい言葉で自らを責め、19年を「敗北の年」と吐き捨てるように言った。

新着

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ