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砂、風、塩…過酷な環境を味方につける海辺の植物

岩槻秀明(自然科学ライター)

 人と海との関わりはとても古い。そして魚介類や海藻などの海産物は、古くから人々の命と生活を支えてきた。また海水浴やマリンスポーツなどの遊びも人気が高い。ところが今年は、感染拡大防止の観点から海水浴場の開設が見送られた場所が多く、海も例年とは様子が大きく異なる夏となった。そんな海で、あまり注目されていない存在がある。

 それが海辺の植物(以下、海浜植物と記す)だ。

植物の大敵!塩分からバリアーで葉を守る
 海辺の環境は、大きく砂浜、磯・崖地、塩湿地の三つに分けることができる。これらの場所は総じて風が強く、荒天時は波しぶきをダイレクトにかぶることが多い。また海水の影響で土中には多くの塩分が含まれている。ところが多くの植物にとって、塩分は大敵である。

 2018年9月29日から10月1日にかけて日本列島を縦断した台風24号により、深刻な塩害が広い地域に及んだのは比較的記憶に新しい。この台風は太平洋側を中心に記録的な暴風をもたらした。台風接近に伴い海は猛烈にしけ、次々と発生した大量の波しぶきが、暴風とともに内陸へと次々運ばれていった。この波しぶきの中に含まれる塩分があちこちに付着し、内陸部でも大規模な塩害が発生。塩分の付着した植物の葉は傷んで茶色く枯れてしまったのだ。特に傷みがひどかったのは、イロハモミジなどの落葉樹だった。落葉樹は葉が薄く、塩害にきわめて弱い。そのため紅葉の無い秋と言っても過言ではない状態となってしまった。この事例から分かるように、塩分は植物の体をひどく傷めてしまうのだ。

 「光沢のある分厚い葉」は海浜植物に共通する特徴の一つだが、これは発達したクチクラ層によるもの。海辺は塩分の他にも、強い日射や砂ぼこり、乾燥など、葉を傷める原因となる要素が多い。そこで葉の表面にクチクラ層と呼ばれる丈夫なバリアーを張って、これらの刺激から身を守っているのだ。

 幹線道路や工業地帯の街路樹には、海浜植物が結構使われている。クチクラ層に覆われた丈夫な葉を持ち、潮風や大気汚染、乾燥などへの耐性がとても強いからだ。シャリンバイやトベラ、ハマヒサカキ、ウバメガシあたりが定番だろう。ただハマヒサカキには一つだけ残念な性質がある(あくまで人間目線で見た場合だが)。それは花がとても臭いことだ。花は秋に咲き、小さな白いベルのようなとてもかわいらしい姿をしている。

 しかしこの見た目のかわいらしさとは裏腹に、その臭いはまるでガス漏れでも起きたかのように強烈だ。実際、ガス漏れ事故と勘違いされて緊急車両が出動したという事案を幾度も引き起こしているのだ。

 ところで、1年じゅう青々とした葉を茂らせる常緑樹の中には、まるで海浜植物のように強い光沢がある葉を持つものがあり、それを照葉樹と言う。いわゆる椎の木(スダジイなど)や樫の木(シラカシ、アラカシなど)、ツバキ、クスノキなどは代表的な照葉樹である。冬も葉を落とさない常緑樹は、温暖な気候に適応した生活スタイル。国内では関東以西の「暖地」と呼ばれる地域に分布が集中している。

 しかしいくら暖地と呼ばれている地域でも、冬はそれなりに寒くなるし、空気も乾燥する。そこで照葉樹と呼ばれる樹種は、葉の表面にクチクラ層のバリアーを張り、低温乾燥から身を守っているのだ。

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