旧ソ連から1991年に独立したアゼルバイジャンとアルメニアは、独立当初からナゴルノカラバフをめぐって紛争を続けてきた。今年9月には大規模な軍事衝突が起こり、両国は緊張に包まれたが、11月にようやく停戦が実現した。今回の衝突から停戦までのアゼルバイジャン国内の様子を、同国の首都バクーに住む筆者がリポートする。
市内の様子などをお伝えする前に、背景をざっとおさらいしておこう。
両国はいずれも旧ソ連に属し、カスピ海と黒海の間の南カフカスに位置する。アゼルバイジャンにはイスラム教徒が多く、アルメニアはキリスト教徒が主流だ。宗教対立が戦争の要因になるのはよく知られたことだが、キリスト教徒が多いロシアとフランスがアルメニアを支援し、イスラム教徒が多いトルコがアゼルバイジャンのバックについていることも、紛争が長期化し大規模化する要因になっている。
両国がソ連から独立した91年、アゼルバイジャン国内の「ナゴルノカラバフ自治州」でアルメニア系住民が「ナゴルノカラバフ共和国」の樹立を宣言、これを支持するアルメニアと、独立を許さないアゼルバイジャンの間で戦闘が発生した。その後、「ナゴルノカラバフ自治州」とその周辺の七つの州は、アルメニアによる実効支配が続いていた。この30年、両国は敵対し、相手国民の入国は固く禁止され、アルメニアによる実効支配が続くこのエリアに、アゼルバイジャン人の入国はもちろんできなかった。
93年にはこの地域からのアルメニア軍の即時かつ無条件の撤退などが国連により4度も決議されたが、アルメニア側は従わなかった。
ということで両国の衝突は今に始まったことではなく、長い紛争の歴史があるのだ。
国境での軍事衝突から市民を巻き込んだ戦いへ
次に今年に入ってからの戦闘の様子を簡単に整理してみたい。
2020年7月13日に北部の国境からアルメニア軍の特殊部隊が侵入し、アゼルバイジャン軍との戦闘になったが、3~4日でいったん沈静化した。
だが9月27日には今回の最大の紛争地である「ナゴルノカラバフ自治州」とその周辺で本格的な衝突が起こった。両国とも相手国が始めたと主張している。
筆者の元に入ってくるアゼルバイジャン政府の発表によると、アルメニア軍によるクラスター弾などによる非戦闘地域への攻撃が始まったのも、その直後からだ。
クラスター弾とは、爆弾型のケースの中に多数の小型爆弾が詰め込まれたもので、空中でケースが破裂して小型爆弾が散布される。広範囲に無差別な打撃を与えることができる兵器で、アゼルバイジャン政府は「(軍事施設がなく)民間人がいる都市を攻撃している」とアルメニア側を強く非難していた。
現地にいるわけではないので政府の発表情報しかないが、いずれにせよこの時点で、前線での「軍人同士の衝突」から、「一般市民を巻き込んだ本格的な紛争」へと変わったことは事実だろう。
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