戦後保守政治の裏側11 政治による「言語操作」再論 歪曲を許し忘れるほど緩い国ではないはずだ

水に流すべきではない言葉の歪曲

 特に、注意したいのは「関係」「関与」という言葉の意味についてだ。

 安倍は、学校法人森友学園への格安な国有地売却の「関係」を追及されて、こう断言した。

 私も妻も一切、この認可にもあるいは国有地の払い下げにも関係がないわけでありまして、(中略)私や妻が関係していたということになれば、まさに私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということははっきり申し上げておきたい」(2017年2月17日・衆議院予算委員会)

 しかし、森友学園が財務省などと国有地をめぐる交渉を進めているときに、昭恵夫人は、その教育理念に賛同し、名誉校長まで務めていた。これが、交渉に影響し、何らかの「関係」につながると思った人は少なくないはずだ。国会では、当然、野党側がその点を追及した。

 「昭恵夫人が、森友学園が小学校を建設することを応援していた立場か」(2018年3月26日・参議院予算委員会)

 すると、安倍は、昭恵夫人が積極的に引き受けたわけではないことを強調しつつも、「妻は名誉校長を引き受けたわけで、そうなればいいと期待する立場だった」と述べた。また、こうも言っている。

 「名誉校長になっていれば、(森友学園の)信頼性が上がると思っていると。そしてより多くの人たちがそこの趣旨に賛同するかもしれない。これは、確かに私はその通りだろうと思いますし、妻もそのように理解していたと思うわけです。しかし同時に、行政がねじ曲げられる、あるいは行政そのものに対して影響を与えるということは、全く考えていない」(同)

 昭恵夫人が小学校建設を「期待」し、「信頼性が上がる」ことに貢献したことは、安倍も認めているわけで、それを世間では「関係=関与」というのではなかろうかと、私も個人的に思ったが、さらに、新たな事実も明らかになった。

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