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ウイズコロナの時代 海外とリモートワークでつなぎ音楽制作

柳沢有紀夫(豪在住/文筆家)

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言の発令以来、宣言解除後も音楽コンサートができないなど、ミュージシャンには苦難の時期が続く。それでも無観客ライブを有料でネット配信したり、ユーチューブなどを含めたオンラインで知名度アップに努めたり、さらには若い世代に人気のK-POPに注目して韓国音楽業界とタイアップするなど、新たな模索を始めている人も多い。

 そんな中、ロックダウンで活動もままならない世界のアーティストたちとネット上だけでデータをやりとりして作品を制作したミュージシャンがいる。このウイズコロナならではの新しい取り組みをしたのは、東京在住の作曲家兼ピアニストの谷真人さんだ。

 東京外国語大学イタリア語学科を卒業後、外資系広告代理店での営業や衛星放送の番組編成などの会社員生活を経て、今から19年前、37歳でクラシックピアニストとしてデビュー。ジャズ、ポップスなどジャンルを広げ、軽妙なトークを交えたコンサートを1000人規模の大ホールで開くほどになった。さらに40歳を目前にして知人の勧めで作曲も開始したところ開眼。今やクラシックから歌謡曲、CM音楽、舞台音楽まで幅広いジャンルをこなすという異色の経歴を持つ。

スタジオ録音がしづらい時期の逆転の発想
 さて、その谷さんが始めた海外在住アーティストとの新しいコラボレーションについてだ。

 発端は東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団が主催するアート&エンタメ支援プロジェクト「アートにエールを!」に応募しようと考えたこと。これはコロナ禍で活動を自粛せざるを得ないプロのアーティストたちに助成金を出し、彼らが制作した動画などをウェブ上で公開してサポートするとともに、都民にも在宅で芸術文化に触れてもらおうという試みだ。

 作曲やアレンジ、ピアノの演奏とパソコンでのオケの打ちこみ、歌唱に加え、ビデオの編集もできる多芸な谷さん。2019年には、日本に住んでいたケニア人女性ボーカリスト、スウィンキー(Swinky)さんと組んで自身の音楽的ルーツであるクラシックとさまざまなジャンルを融合させたクロスオーバー的な作品を3曲発表するという新しい試みで、好評を博していた。

 ちなみに谷さんは外国語大学出身で、外資系広告代理店での勤務経験もあり、英語は堪能なのでやりとりに支障はなかった。

 ところがスウィンキーさんは、19年の8月に米国に引っ越していた。日本で米国人男性と知り合い結婚したのだが、それまで数年もお互いの仕事の都合で別居生活を強いられてきた。一緒に住むため、そして米ロサンゼルスでさらに音楽活動の幅を広げるための決断だった。

 渡米するスウィンキーさんとの別れの日、谷さんは出発の数時間前に昼食をともにし、改めて感謝の気持ちを伝えた。彼女に歌ってもらった曲が有名舞台演出家の目に留まり、新作の舞台音楽の制作に参加することが決まったからだ。

 そんなスウィンキーさんは、もう日本にはいない。だったら新たな女性ボーカリストを探すしかないか。でも彼女のようにキュートでファンキーに歌える人など果たして簡単に見つかるだろうか。

 そして谷さんは考えた。「緊急事態宣言下で、ボーカリストに録音スタジオへ来てもらうのもはばかられる。ネットを通じて指示を出しながら、自宅で録音してもらうのがいいだろう。だったら…」。そこで出した結論がこうだ。

 「そうだ。どうせリモートワークで録音するのなら、日本だろうが米国だろうが関係ないじゃないか。だったら実力も分っているし気心も知れたスウィンキーに頼もう!」

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