前述したが、新型コロナウイルス対策の肝は、正確な情報を社会で共有することだ。新型コロナウイルスは未知のウイルスであり、その性質を明らかにしなければ対応の仕方は分からない。そのためには臨床研究を推進するしかない。
ところが、日本は臨床研究力が弱い。正確な情報がないから、曖昧なスローガンを打ち出すしかない。その典型例が「3密」(密閉空間、密集場所、密接場面)回避だ。このスローガンは、今や妥当とは言い難い。
当初このウイルスは、インフルエンザや風邪ウイルスのように鼻腔(びくう)や咽頭で増殖し、咳(せき)や痰(たん)で周囲に拡散すると考えられていたが、その後の研究で唾液に大量に含まれることが判明した。
大声で話し、唾が飛ぶことで周囲に感染させる。密閉空間、密集場所も危険因子だが、大声での会話とは比べものにならない。
満員電車の集団感染は報告されていないが、屋形船、居酒屋、カラオケ、さらに合唱団、相撲、剣道などで集団感染が生じたことにもこれで説明がつく。密閉空間、密集場所と密接場面を区別して議論している人は、果たしてどれくらいいるだろうか。
最近の『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』や『サイエンス』などの科学誌や医学誌には、飛沫(ひまつ)やエアロゾルによる感染の論文が多数掲載されている。世界の研究者の関心がここに集まっているのが分かる。ところが、日本は「3密」から進んでいない。
世界は臨床研究の成果を踏まえ、融通無碍(むげ)に対応している。例えば4月4日、中国東南大学の医師たちは、7324例の感染者の感染状況を調べたところ、屋外で感染したのはわずかに1例だったと報告した。ほぼすべての感染が屋内で生じていたことになる。
同様の状況は日本でも確認されていた。3月31日現在、厚労省は26のクラスターを確認していたが、すべてが屋内で発生していた。16は医療・福祉施設で、残りはライブハウス、展示会、飲食店など利用者がお互いに何らかの会話を交わす場所ばかりだった。
この頃、世界では空気が変わっていた。
4月29日には米国の大リーグが6月1日から再開と報じられたし、5月7日には独のブンデスリーガが16日から無観客で再開すると発表した。屋外での感染リスクは低いと判断したためだろう。5月20日に夏の全国高校野球選手権の中止を決定した日本とは対照的だ。
なぜ、こんなことになるのだろうか。日本は臨床研究力が弱いため、どうしても及び腰になるからだ。
図1は6月10日現在、世界各国の新型コロナウイルスに関する論文数を調べたもので、日本からの論文発表数が少ないことが分かる。
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